短編集15(過去作品)
「あなたはそんなことないと思っているでしょうけど、お互いに気を遣いすぎて、ある一点を越えると、そこから先は騙しあいになるのよ。そしてお互いがお互いを信じられなくなって、どちらかがパンクする……」
「……」
「あなたは、この薬をたまに飲んでおられますね? だから私の言うことが分かるはずです」
確かに悠里の言っていることは分からなくはない。少し気になるのが副作用だった。
「副作用……」
「ああ、それはきっとあなたは最近気付いているわね。金曜日になるとイライラしてきて、部屋の家具が少しずれているのに気が付いているでしょ?」
「ああ……」
そういえば最近一番気になるのはそのことだった。その程度のことだったんだ、副作用とは……。しかし同時に模様替えをしてはいけないという思いがあるのも事実で、しばらくあのままにしておくことが得策だと思っている。
「だからあなたは気にしなくてもいいの。すべては終わったことだから、彼女の方にはもう薬の効き目は出ているから、今度はあなたが、今渡した薬を飲む番よ。これで何もかも忘れられて、私と正面きって会うことができます」
瑞江のことが、次第に過去のことになり始めている。目の前にいる悠里が私のすべてを知っていて、暖かく受け入れてくれることも……。今目の前にいる悠里は三十代の悠里ではない。私が高校生の時に初めて出会った、あの時の悠里なのだ。もう後戻りはできない……。この副作用が終われば私は呪縛から逃れることができる。
――だが、本当に逃れることができるのだろうか?
何となく変わってしまった部屋の家具、模様替えをしてはいけないと思い込んでいる根拠は何なのだろう。
――今ここで話している悠里は本当に実在するのだろうか?
そんなことを考えている私は、部屋の壁の奥に塗りこまれている一人の女性がいることを思い出すことがあるのだろうか?
事が起こったのはきっと金曜日だったのだろう……。
( 完 )
作品名:短編集15(過去作品) 作家名:森本晃次