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短編集15(過去作品)

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 気がつけば頬から耳たぶまで熱くなっているのを感じる。私を見つめるその顔から目を逸らしたいのだが逸らすことができない。心の底で逸らしたくないのだろう。
――妖艶な笑み――
 そう感じるまでにしばらく時間が掛かった。自分の世界は妄想である。妄想は基本的に妖艶な気持ちが作り出したものであることは自分でも分かっていた。心と身体のアンバランスを妄想によって何とか解消しようと思っているからだ。
「私も隣にいていいかしら?」
「ええ、どうぞ」
 至近距離への接近は、まるで私の妄想世界を実現したかのようだった。同じ空間に、しかもこんなに近くに存在できるなんて、私は現実と妄想の世界の区別をつけられなくなっていたのかも知れない。
――柑橘系の香り――
 これが彼女に感じたものだった。決して甘い香りではないが、それでも私には妄想を続けるだけの十分な香りだった。一瞬でも現実に引き戻されただけに、妄想するスピードは一気に加速していた。頭の中から完全に瑞江が消えた瞬間であった。
「もうどうにでもなれ」
「私、名前を悠里といいます。実は今日暇してるんだけど、私に付き合ってみる?」
 いきなりの誘いだった。初めて会った人にそんなことを言われて、本当ならたじろぐはずなのだろうが、その時の私はどうかしていたのだろうか?
 それとも、今まで自分の知らなかったもう一人の自分が顔を出したのかも知れない。悠里にはきっともう一人の私が見えるのかも知れない。それは魔力のようなものかも知れないが無意識にも女を呼び寄せる甘い香りのようなものが私にはあるのではないかという、妙な気分になってしまった。自分の知らない自分が他の人に見えるというのは決して不思議なことではない。それが私にとっていいことなのか悪いことなのか、その時には分からなかった。
 悠里は私をどうするつもりなのだろう。顔にニキビの残る一見純粋な高校生をたぶらかす女、そんな構図を思い浮かべてみる。私が正面から見ている悠里と、客観的に私たちを見た時に感じる悠里とではどちらが妖艶な感じを受けるだろう? 客観的に自分たちを見てみたい衝動にも駆られていた。
 怖さがないわけではない。しかし、悠里がそんな怖い女性に見えないのは、私がまだ世間知らずだからだろうか? 一見大人しそうに見える悠里にしても、私から見て世間知らずなお嬢さんのイメージしか湧いてこない。きっとお嬢さんの気まぐれで私を誘惑しようとしているのかも知れない。私にはそう思えて仕方がない。
 彼女は車で乗り付けていた。真っ赤なスポーツカー、あまり車に詳しくない私でも、それが外車で、かなり高級な車であることは容易の想像がついた。お嬢さまが乗る車としてはいささか過激な気がしたが、お嬢さまの仮面を脱げば、反動からか過激な性格が見え隠れしているのではないかと思える。
「さあ、乗って。怖がらなくていいから」
 サングラスを掛け、目深に被った帽子で完全に人相が変わってしまっている。先ほどまでのお嬢さんの雰囲気は影を潜め、
――スピード狂では?
 と思わざる負えないようなその雰囲気に私がビビっているのではないかと思っていることだろう。
 恥ずかしながら、その通りである。乗り込んで身体を硬くしている私を横目に、少し唇が意味深げに歪んだかと思うと、
「キュルキュルキュル」
 甲高いエンジン音を響かせ、背中へ一気にかかった圧力に、まるでジェットコースターを想像させられた。
 どこをどう走ったのか分からないが、気が付けばマンションの駐車場に車が入っていった。
「ここの五階なの」
 そういって私の手を引っ張るようにエレベーターに乗り込む。
――五階まで、きっと長く感じるんだろうな――
 という思いもあったが、それは間違いだった。あっという間に着いた五階だったのだが、その間私は微動だにしなかった。なぜならエレベーターに乗った瞬間に私の唇は悠里によって塞がれたからだ。
 私にとってのファーストキスだった。まさかこんなところで、こんな形でなど信じられなかったが、エレベーターを降りてしまうと、却って度胸のようなものがついたのも事実だった。
――このまま童貞を失ってもいいかも――
 悠里は私が捜し求めていた「おねえさん」なのかも知れない。
 時々、夢で見ることがあった。
 突然、目の前に現われる見知らぬ女性、彼女は私のことを知っていて、いつも私のことを見ているという。いつか声を掛けたいと思っていたが、その機会もなく、時間だけが過ぎてしまっていた。
 機会というのは突然訪れるもので、私に予感めいたものがある時に違いなかった。
 予感とは一体どういうものなのだろう? 後になって気がつくもので、その時にはまさか私を見ている女性がいるなどと予想もつかない。きっと、予感があったというのも自分の中で作りあげられたものだという気がしてならなかった。
 気持ちが時間とともに慣れてくる。悠里ともまるで以前からずっと知り合いだったような錯覚が芽生え、私の中で次第に大きくなってくる。
――私にとってのおねえさん――
 それは悠里だったのかも知れない。夢の中で見た妖艶な女性、夢から覚めるにしたがって忘れていくその顔が、その時にシルエットとして浮かんでくる。浮かんできたシルエットと目の前の悠里の顔がシンクロしてくる。それが私の中で重なった時、夢が現実になった気がしてくるのだ。
 しかし、部屋に入ってからの悠里は私の想像とかなり違っていた。
「どうぞ、いらっしゃい。今、コーヒーを入れるわね」
 私は女性の部屋に入るのは初めてだ。しかし、女性の一人暮らしというと、ピンクのカーテンが掛かっていて、ぬいぐるみやキャラクターもののクッションがいっぱい置いてあるものだと想像していた。もちろん、そうとばかりは言えないのだろうが、部屋の基本色はやはりピンクやアイボリーといった薄い色系統を想像していた。
 しかし、カーテンにしても家具にしても基本的な色は黒である。そこに白い色が混じって、却って白が強調されるのだが、モノクロの部屋というのは私にとっては完全に意外だった。
「女性らしくない部屋でしょ?」
 私の考えていることが分かるのか、悠里は微笑んでいる。無言で頷くと、
「私はね、美大の学生なの。シンプルな色や形を追求したい方なので、部屋も殺風景なんだけど、モノクロなのよ」
 そう説明されて部屋を見渡すと、慣れてくればそれはそれで美しいものである。あまり芸術関係はよく分からないが、シンプルさを強調するなら、この部屋の配置や色彩は最高だと思えるようになっていた。
「でも、あの車は派手ですね」
「ええ、たまには自分の気持ちを発散させたい時もあるのよ、だから車は思い切り派手なものにしたの」
 何となく気持ちは分かる気がする。思わず夜の高速道路をサングラスを掛けた女性がぶっ飛ばしている光景を思い浮かべてしまった。きっと車で飛ばしている時の悠里の姿は、今の悠里からは想像もできないのだろうと感じながらの想像なので、それ以上はどうしても想像の域を出ない。
作品名:短編集15(過去作品) 作家名:森本晃次