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短編集15(過去作品)

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 という考えの人もいる。私もその考えには賛成だ。しかし、初めて感じた異性への感情をそのままずっと大人になっても持ち続けている人もいて、女性に騙されて傷ついても、また女性を愛するようになる。
 自分ではどうすることもできないようだ。
 男にはそのことが分かっていた。
 男の名前は実松弘樹という。彼は子供の頃から「ませた」方の子供ではなかった。異性に対する意識も中学を卒業する頃に芽生えたもので、それはガールフレンドがほしいと考えるものだった。しかし、女としての女性を意識することはそれ以前からあって、それは友達の受けうりによる、半分強制的なものでもあった。
 それがかくいう私なのだ。
 どこのクラスにもいるものだ。ウブで何も知らないクラスメートにセックスや女性の身体について、聞かれもしないのに、耳打ちして「耳年魔」に変えてしまう輩が……。そいつだってまだ女性の本当の身体を知らないくせに、まことしやかに話すので、すっかり頭は想像モードに入ってしまう。なまじ知らないだけに想像力は果てしなく、限りなく発育の進む身体には毒だったかも知れない。
――妄想が身体を抑えきれない――
 教えてもらった自慰行為に耽った時期もあった。そんな自分が虚しく、誰にも言えず、辛い日々を送っていたこともあった。
 その友達を恨んだものだ。しかし不思議なことにそれでも当分の間、彼女がほしいなどと考えたことはなかった。妄想の中の女性と、まわりにいるクラスメートにギャップがあったのかも知れない。いや、自分がまだそこまで女性を理解する術を持ち合わせていなかったからに違いない。
 どうしても妄想だけが先走るものだから、女性への視線は肉体の中でも変わり行くところに釘付けになるのも仕方のないことだ。胸やお尻に視線が行ってしまう。彼女たちはそのことをいち早く察知し、私の視線に対し露骨なまでに嫌な顔を示すようになる。そのうち、
「実松くんって、いやらしい」
 そんな噂を立てられて、まともに女性の顔を見ることなどできなくなる。そんな状態で彼女などできようはずもなく、しばらくは悶々とした日々が続いていた。それでも、
「彼女がほしい」
 と、思わなかっただけよかったのかも知れない。ただ、女性の視線が気になるだけだったからである。
 不思議なもので、女性の肉体に対する興味が薄れてくると、今度は女性そのものに対して興味が出てくるものだ。それまで女性というと、
――私とは違う世界の生き物だ――
 とまで思っていたのだが、
「実松くん、ノート見せて」
 などと、ノートだけに限らず、いろいろなものを借りに来る女性が現われた。彼女はクラスメートの一人で、三年生になって初めて同じクラスになった女性だった。クラスの男子からは人気があり、何が彼女の魅力なのかずっと分からないでいた。しかし、いろいろなものを借りに来る彼女の顔を見ているとそれも納得がいく。
 彼女、名前を吉澤瑞枝という。どちらかというと成績はいい方で、女性にも男性にも快活に話をするタイプで、そのあたりが人気の秘密だろうと思っていたが、話しかけられてその笑顔を真正面から見た時、初めて瑞江の魅力がその笑顔にあることを知ったのだ。
 よく考えたらノートなど見せなくてもいいのだ。瑞江は自分のノートはいつも完璧で、人のノートを見る必要などないはずである。瑞江の笑顔を見ると、そんな気持ちは吹っ飛んでしまうのが現状だった。他意はない、ただ自分のノートと比較したかっただけなのだろう。
 いつの間にか瑞江を好きになっていた自分。そんな自分に気付いたのは、初めて瑞江と一緒に帰った時だっただろう。一緒に歩きながらまわりが私たちを見ていることに気がついた時だった。
「私たち二人って、他の人から見ればどう見えるのかしらね」
 まるで私の気持ちを察したかのように瑞江は話しかける。
「どうって、普通のクラスメートでは?」
「本当にそう思うの? 私はアベックに見られているような気がするんだけど」
 そう言ってはにかんで見せる。嫌がっている様子などまったくない。今のこの状況を完全に楽しんでいる。気がつくと瑞江の右腕が私の左腕に滑り込んできていて、完全にアベックモードである。
――やばい――
 私の肘に瑞江の胸が当たっている。思わず下半身が反応してしまうが、なぜかそこに嫌らしさはなかった。少し反応してしまった下半身が恥ずかしかったが、今まで妄想していたほどの嫌らしさはなく、この状況を楽しんでさえいる自分がいるのだ。
――瑞江と付き合うことになるんだな――
 漠然とそう感じたが、瑞江は最初からそのつもりだったらしく、そうならない根拠は、どこにも存在しなかった。もう私は有頂天である。どちらかというとクールだと思っていた自分の性格が分からなくなっていた。
 付き合い始めの瑞江は、従順だった。私の気持ちを察するのがとてもうまく、私のしてほしいことを先にしてくれた。
――痒いところに手が届く女性――
 初めて付き合った女性としては最高だろう。瑞江はとにかく尽くしてくれ、その中に何ら見返りなど求めていない。
「恋愛とは、見返りを求めず尽くすこと」
 どこかの本でそんな言葉を見たっけ。しかしそんな人などまずいないだろうと思っていただけに、私にとっての瑞江は最高だった。
 しかしそれがいいのか悪いのか、私には分からなかったのだろう。
――私はもてるんだ――
 勝手な妄想だった。瑞江に身体を求めることは、さすがの私にはできなかった。まるで天使のような瑞江に身体を求めることは「冒涜」に値するとまで思っていた。神聖な天使を冒すわけにはいかないではないか。いつしか気持ちと身体の不一致に悩むようになっていた。
 そんな時に私の近くに悪魔がいた。その悪魔が囁くのだ。
――お前はもてるんだ――
 と……。
 あれは高校二年生の頃で、瑞江との交際もそろそろ三年が過ぎようとしていた頃だった。瑞江に対して不満などあろうはずもない。それだけにストレスは溜まるのだが、今までどおりの「清い交際」を続けていた。
 学校の帰り道、近くに公園があるのだが、ストレス発散というわけではないが、たまに公園に寄って、そこのベンチで少し時間を潰すことがあった。一人になるとどうしても考え事をしてしまうが、公園だと穏やかに考えられる。それがよかったのだ。
「君、何してるの?」
 真っ白いワンピースの似合うおねえさんが私を覗き込んでいる。スリムな身体に茶髪かかったストレートなロングヘアー。いくつくらいの人か、最初は見当もつかなかった。
「あ、いえ、ただ、ぼんやりとしているだけです」
 声が上ずっているのが分かる。ぼんやりとしてはいたが、自分の世界に入っていただけに、声を掛けられた瞬間は一瞬ムッとしたかも知れない。何しろ、妄想の邪魔をされたのだから……。
 しかし突然現実に引き戻した相手は、まるで私が自分の世界で思い描いているような綺麗な女性であった。私に対して微笑みかけているようなのだが、満面の笑みというわけではない。私の妄想の中で見た笑顔にそっくりなので、かなり戸惑ってしまっていた。
作品名:短編集15(過去作品) 作家名:森本晃次