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短編集15(過去作品)

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 最初こそ皆で和気あいあいと呑んでいたのだが、そのうちにカップルができてしまった。親友が好きなタイプの娘にばかり話しかけるからである。しかしそれも自然な流れだった。それぞれが意識することなく、自然にお互いの相手と会話するようになっていた。私と会話している女性はズバリ私の好みのタイプで、会話が弾むたびに時間を忘れて楽しめたのだ。
――里美とでは決してこんな会話にはならないな――
 そんな楽しい瞬間にでも里美のことは頭から離れない。
――一度くらいハメを外してもいいだろう――
 その時にここまで感じていたのか、正直自分でも覚えていない。
 しかし、雰囲気は間違いなく、彼女へとのめり込んでいた。
 すっかり打ち解けた二組のカップル、お互い違和感なく夜の街へと消えていく。表に出た時のネオンサインの誘惑は、酔った私の思考回路を完全に麻痺させていた。しかもそのネオンサインの中へと消えていく親友カップルを見ただけで、私の男の部分は納まりがつかなくなっていた。
 楽しい会話のまま、足は自然にホテル街へと向う。もちろん、彼女も抵抗するわけはなかった。向っていることが自然以外の何ものでもなかったのだ。
「私をずっと愛して」
 この女は言ってくれるのだろうか?
 そんな期待をしている自分がいるのに気付いたのは、彼女の中で果てた後だった。もちろん彼女がそんな言葉を言ってくれるわけがない。急激に覚めてくる意識の中で、後悔が頭を擡げてきたのも事実である。
――性交の見返りは、いつもの言葉だったのだろうか?
 我ながらそう感じている。
「私をずっと愛して」
「もちろんさ」
 里美との恋愛はその言葉に終始していたのだ。間違いなく私は里美を愛していた。だがそんな中、
――永遠の愛など存在するのだろうか?
 とも思っていた。
 私はどちらかというと現実的な考えをするタイプの人間である。睦言では感情に任せて自分の言葉を絶対だと思うのだが、里美が従順であれば従順なほど、怖くなる時がある。スナックで知り合った女性と一晩だけの関係を持ったのも、そんな気持ちを確かめたかったからではあるまいか。そう考えると、あの一夜の自分の行動に納得がいく。自然な行動も、思考回路から生まれたものなのかも知れない。
 それからしばらくして里美は私の前から姿を消した。
――なぜなんだ――
 私には理解できなかった。
 それからの私は里美を捜し歩いた。職場の連絡先は里美からは聞いていない。今さら友達に聞くわけにもいかず当てもなく捜し歩いた。もちろん見つかるわけもなく、当てもない日々を数ヶ月過ごしていた。
 その間、まわりのことが見えるわけもなく、学校に行っても上の空、人と話すことすら鬱陶しかった。
――とにかく会って理由を聞きたい――
 これが本音だった。聞いてどうするかなど、整理のつかない頭で考えられるわけもなかった。
「どうしちまったんだい、一体」
「琢磨があそこまでなるとはな」
 と、噂されていたことは知っていた。きっと私のことを二重人格だと思っていることだろう。何しろそれは自分でも感じていることである。
 二重人格の自覚として、「躁鬱症」の気のあることだ。学生時代の暗かったことも、二重人格だと考えれば納得がいく。それだけにちょっとしたきっかけで、立ち直るのも早かった。
 スナックで知り合った女性、彼女からはそれからも連絡をもらっていた。さすがに里美とのことがショックで、すぐには連絡を返せない時期があったのだが、それでも彼女が連絡をくれていた。それは電話であったり、メールであったりしたのだが、彼女に対して悪いと思うのと同時に、彼女の気持ちに応えてあげられない自分が悔しくもあった。
 さすがに里美がいなくなって二ヶ月もすると、少し精神的に落ち着いてきた。
――何に悩んでいたのだろう?
 そう感じるが、きっと心のどこかで、里美がまた私の前に現れるだろうと思っていたからに違いない。そんな思いが薄れていき、もう表れないという思いが強くなった時、心の中の何かが吹っ切れたのだ。開き直りというべきなのかも知れない。
――女は星の数ほどいる――
 その時、私は自分のした「事の重大さ」に初めて気付いたのかも知れない。心の中でモヤモヤしたものがあったが、それはスナックで知り合った女性と浮気をしたことにあった。それに気付いたのである。
 それから私の頭の中から、里美は離れていった。まるでろうそくの火が消えていくかのように……。
 それからの私は里美のことを忘れようと努力した。それまでは一縷の望みがある限り待ち続けるつもりであったが、理由が分かってくると、待っている自分が情けない。忘れてあげるのが一番だと思うようになった。
 忘れようとすると忘れられるものである。音信不通になって二ヶ月、忘れることができるだけの時期は過ごしている。
 心の中にポッカリと空いた穴、これを埋めるのにもそれほど苦労はなかった。
「嬉しいわ、琢磨さんの方から連絡をくれるなんて、もう、私のことなんか忘れてしまったと思ってましたわ」
 一度きりの浮気だったはずの彼女と連絡を取ったのは、別に下心があったわけではない。心の隙間をどんな形でもいいから埋めたかったというのが本音である。最初の頃は頻繁に私に連絡を取ろうとしてくれた彼女であったが、最近はその連絡もほとんどなかった。時々忘れた頃に、
「元気にしてますか」
 という程度のメールが来るだけだったのだが、まさか私が連絡を取ったことで、これほど喜んでくれるなどと思ってもみなかった。
「あ、いや、いつもメールありがとう。また会ってもらえるかな?」
 最初は半信半疑だったが、彼女の嬉しそうな声を聞いて、あってくれるだろうと確信した。
「ええ、もちろん、喜んで、連絡をお待ちしていましたのよ」
 電話の声だけだが、どうやら本当に喜んでいるようである。ここまで来たら会う約束くらい何も難しいことではない。
「じゃあ、駅前の喫茶店で、正午にいいかな?」
「ええ、お待ちしていますわ」
 トントン拍子に話は決まった。駅前の喫茶店には実は一度も入ったことがない。最近できた喫茶店なのだが、私は里美のことでそれどころではなかった時期だった。
 扉を開けると鈍い鐘の音とともに、クーラーが顔に当たり、汗を掻いてベタベタと気持ち悪い顔を優しく撫でてくれる。うるさいくらいのセミの声が耳鳴りとして残っていたのを一気に吸収してくれる心地よさだった。
 店内をゆっくりと見渡した。きっと窓際にいるだろうと勝手に思い込んで窓際から見渡していた。私の予想は当たっていた。テーブルに片肘をついて、もう一方の指でストローを弄んでいる。見るからに手持ち無沙汰にも見えた。
 私が探しているのを知らないのだろう。ぼんやりと窓の外を見渡している姿に、寂しさを感じる。きっと私が来るのを長いこと待っていたのかも知れないと感じた。
「お待たせ」
「あ、こんにちは」
 真っ赤なシャツに白いスカートといういでたちで、私を見つめるその顔には、満面の笑みが零れている。私の声を聞く前から私がいることを分かっていたのではないかと思えるくらいである。
作品名:短編集15(過去作品) 作家名:森本晃次