新しい世界への輪廻
小学五年生としては中学生を想像するには早い時期ではあったが、彼女の頭の中では中学生をイメージしていたようだ。
「中学に入ったら、水泳部に入るんだ」
と言っていた。
スポーツ音痴で、他に何もとりえのない女の子だったが、水泳だけが得意だった。早く中学に入って水泳部で活躍する自分を想像していたに違いない。
私はそんな彼女が眩しく見えた。
私の場合は、確かにとりえというものはないが、それでも、何でも平均的にはこなせたと思っている。それだけに中学に入っても、何か特別にやりたいことがあるわけではない。その頃から、
――中学に入っても部活はしないだろう――
と思っていた。
実際に部活をするわけではなかった。もしどこかのクラブに入部していたとしても、長続きはしなかったと思う。部活をしていても、結局人と関わることを嫌うようになるのだから、悩むことはあっても、そのまま部活を続けることはなかっただろう。
神戸に引っ越していった友達とは、中学に入ってから疎遠になった。中学に入ってから最初にもらった手紙には、
「念願の水泳部に入部した」
と書いてあったので、忙しくなったのだろう。
私の方はというと、人と関わりたくないという思いを抱いたのが同時期だったように思っているが、彼女と疎遠になったことで人と関わりたくなくなったのか、それとも人と関わりたくないと思うようになったので、彼女と疎遠になってしまったのかのどちらなのか分からないでいた。
最初は、せっかく仲良かった友達を引き裂くことになった神戸という街を、その名前を聞くだけで嫌だった。だが、まだ疎遠になる前の小学生の頃、私と違って几帳面な性格の彼女は、頻繁に手紙をくれていた。
その中には、神戸という街が、どれほど素晴らしい街かということが書かれていて、
「有菜ちゃんも、来た時、私がいろいろ案内してあげるわよ。海も山も近くて、まるで外国に来たような雰囲気の街、素晴らしいからぜひ来てね」
と追記されていた。
今から思えば憧れのようなところがあった街である。ずっと生まれた街から離れたことのない私は、この街から離れていく彼女のことが羨ましかったのだろう。実際に本屋に行って、ガイドブックを立ち読みしたこともあった。彼女の手紙の通り、素晴らしい街のようだ。
ガイドブックに書かれているので、いいことしか書いていないということを理解していると言う思いを差し引いても、憧れに値する街だということに間違いはなさそうだ。
そんな憧れの街の名前を氷室は口にした。
――この人は、神戸にも行ったことがあるんだろうな――
と、そう思うと、ガイドブックで見た神戸の街が思い浮かんできた。
今までに私は神戸には行ったことがなかった。大学に入って、一年生の時、九州に一人で旅行に行ったことはあったが、その一回だけだった。どうして九州を選んだのかというと、一番一人旅に似合っているような気がしたからで、その根拠は温泉が多いことだった。大分、福岡、佐賀、長崎と、北部九州を数日間掛けて回った。基本、観光というよりも、温泉目的だったのだ。
なるべく節約を心がけた旅行だったが、それでも自分には大金だった。数ヶ月のアルバイトで貯めたお金を元手に旅行したのだが、楽しかったという思い出は帰ってきてから数日間で終わりを告げ、冷めた気持ちになると、お金がもったいなかったという思いも湧いてくるのだった。
――誰かと一緒だったら、こんな気持ちにはならなかったのかな?
とも思ったが、そう思えば思うほど、頭の中は冷静になってくる。結局、どう考えたとしても、最終的には現実的にしか考えられないのだった。
その思いがあったからか、冬にはどこにもでかけなかった。アルバイトに明け暮れて、服を買ったり、アクセサリーを買ったりした。
――やっぱり、残るものを買う方が、お金の使い道としてはいいわ――
と思い、旅行から帰って来た時のような冷めた気持ちにはならなかった。
――思い出なんて、一銭にもならないわ――
と考えていた。
神戸に高山植物園があるというのは、ガイドブックを見て知っていた。しかし、小学生の自分には興味がなく、ほとんどスルーしていたのだ。
氷室の口から神戸という地名が出てきた時にも驚いたが、さらに高山植物園の話が出てきたことにも驚いた。
――この人は、私とは違うタイプの人なんだ――
と感じた。
しかし、何を驚いているというのだろう? 私はいつも、
「他の人とは違うんだ」
と自分に言い聞かせてきた。そう思うことで人と関わりと持たないことへの正当性を感じ、間違っていないと思っている。それなのに、どうして彼に対してあらためて、自分とは違うタイプだということを認識したことに驚きを示さなければいけないのだ。それこそビックリである。
彼に促されて店内に入ると、表から見たレトロな雰囲気がそのまま広がっていた。
そこはまるでコテージのように、すべてが木製であり、椅子もテーブルもカウンターも、木造以外の何ものでもないように思えたのだった。
中は十分に暖房が利いていて、暑いくらいだった。
――木造というのは、暖かい部屋の中にいると、それ以上に暑さを醸し出すもののようだわ――
と直感したが、その思いに間違いはないようで、しばらくしても、その思いに変わりはなかった。
「ねぇ、なかなかいいでしょう?」
「ええ、レトロな雰囲気なのか、どこかの山小屋の雰囲気も感じさせられるようで、こんなの初めてだわ」
「それはよかった。実はこのお店は、アンティークショップも営んでいて、奥にいけば、いろいろ面白いものも置いてあるんだよ」
「そうなんですね。私、アンティークなところって憧れていたんだけど、入ったことはなかったの。私のまわりには、そんなお店なかったからとても新鮮な感じがするわ」
それは本心だった。
「以前からアンティークショップというものには興味があった。自分のまわりにアンティークショップもなければ、アンティークなものに興味のある人もいない。確かに新鮮であった。
「まずは、コーヒーを飲みながら、ゆっくりすればいい」
彼は、コーヒー通でもあるようで、この店はそんな彼の欲求を満足させてくれるほど、コーヒーの種類は豊富だった。
――そういえば、入ってきた時に感じた独特の匂い。コーヒーと木の匂いが調和して、ちょうどいい芳香になっているんだわ――
と感じた。
高校生の頃までは苦くて飲めなかったコーヒーだったが、大学で先輩に連れていってもらって飲んでいるうちに、いつの間にか好きになっていた。そのことを先輩に話すと、
「ははは、そんなものさ。僕も高校時代まではコーヒーを飲めなくはなかったけど、好きではなかった。断然紅茶派だったからね」
と言っていた。
「私も紅茶ばっかりだったわ」
と言うと、