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新しい世界への輪廻

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 最初は、おばさんも母親に対して全面的な味方だったようだが、そのうちに、急に母親を遠ざけるような雰囲気が感じられた。
――どうしたんだろう? 自分でけしかけておいて、少し状況が変わってきたので、避け始めたのかしら?
 というような想像をしたりもしたが、別に母親はおばさんを恨んでいるような様子はなかった。
 むしろ、自分の味方をずっとしておいてほしいというような、物欲しそうな雰囲気に感じたのは、気のせいではないだろう。
――弱みを持っているのは母親の方ではないだろうか?
 そのうちに、よからぬウワサが近所で流れるようになった。
「どうやら、あの人、不倫しているってウワサが流れているんだ」
 と、兄が教えてくれた。
「あの人」
 そう、兄は母親のことをそう呼ぶ。これは今に始まったことではなく、前からそうだったのだ。
 なるほど、それなら母親とおばさんの立場からの態度も分かるというものだ。
 最初は、母親とおばさんしか知らなかった。おばさんは黙っておかなければいけない立場にあり、もし、これが誰かに知られると、自分が漏らしたと思われる。これはおばさんにとってはリスクでしかない。母親を避けようとしたのも分からなくもない。
 母親とすれば、何とか力になってもらいたいと思い、勇気を持って打ち明けたのがおばさんだったら、おばさんを何とか離したくないと思うのも当たり前のことだろう。
「もし、私でも同じことをしたかも」
 母親との一線を画した立ち位置に変わりはないが、女性として一縷の同情もないわけではない。何とも複雑な気持ちでもあった。
 しかし、兄は、やはり母親が嫌いだった。不倫と聞いて、すぐに嫌悪をあらわにし、決定的な温度差を感じたに違いない。
「やはり」
 と、前から、こうなることくらい想像していたのかも知れないと思うと、兄も少し自分から遠い存在になってしまったのではないかと思うと、少しショックな気がしてくるのだった。
 私は最初こそショックだったが、次第にあまり気にならなくなっていた。逆に兄の方が、最初は何も気にしていない様子だったにも関わらず、次第に苛立ちを示しているように思えてきた。
「男の人というのは、何だかんだ言って、女性よりも母親に対しては執着心が深いものなのよ」
 という話を聞いたことがあった。
「お兄ちゃんに限ってそんなことはない」
 と、口にはしたが、実際に兄の様子を見てみると、それまでの冷静さを欠いているようだった。
「女なんて、しょせん男には分からない人種さ」
 と、私も女であるにも関わらず、気遣いもなく、そんな言葉を口にした。
 他人に対して気配りをしない分、私には細心の注意を払って話をしてくれていた兄だったのに、一体どうしたというのだろう?
 男の人を信用していない自分の考えが間違っていなかったのを、その時の兄が証明してくれたようで、何とも皮肉だった。だが、それも私が高校を卒業するまでのことで、大学に入学すると、男性に対して信用できないという意識は次第に薄れていった。
 私が高校の時に、両親の離婚が成立した。私は母親に引き取られ、兄は父親に引き取られた。
 兄の方はすでに成人していたので、大学生ではあったが、一人暮らしをすることで、父親から離れることができた。私は早く大学生になることばかりを考えて、勉強に勤しんだ。そのおかげか、希望の大学というわけにはいかなかったが、何とか大学に合格することができ、一人暮らしを始めた。
 母親の方としても、私が家を出ると言った時、
「別に構わないわよ」
 別に反対することもなかった。
 両親の離婚は揉めることもなく協議離婚だったので、慰謝料等の問題もなかった。下手に揉められて、両親の精神が疲弊してしまうと、他人事のように思おうとしても、そばにいるだけできつくなるのは当たり前のこと。最後はバラバラになってしまったが、遅かれ早かれ、そうなる運命だったのだ。最初から家庭崩壊は決まっていたようなものだったのだろう。
 そんなことがあって、私に声を掛けてきた後輩の男の子。彼に対して新鮮さを感じたのは、父親とも兄とも違うタイプの男性だったからだ。考えてみれば、同じタイプの男性がこんな近くにいるということ自体ありえないことで、こちらも新鮮に感じるかも知れない。そんなことを思っていながら、氷室は、森の中を通り抜けるようにわあつぃを引っ張っていくと、五分ほどで森になった公園を通り抜けた。
「ここは?」
 どんなところが目の前に飛び込んでくるのだろうと思いながらついていくと、想像していたのと少し違って、そこにあるのは、閑静な住宅街だった。
「駅から公園を通って住宅街に抜けるには、暗すぎるわね。夜だったら、本当に怖いかも知れないわ」
 と感じたことを口にした。
「ええ、確かにそうですよね。でもね、僕がここを通ったのはわざと通っただけで、本当は森を迂回するようにして広い道が開けているので、住宅街に住んでいる人はそっちの道を通るんですよ」
 と、言ったので、
「じゃあ、どうして今日はこの道を通ったんですか?」
 と聞くと、
「僕の気に入っている喫茶店には、この道が一番近いんですよ。実はそのお店というのは、このあたりに住宅街ができる前からあって、森の近くには、元々工場があったんです。その工場の人たちが食堂として利用していたんですけど、工場から住宅街に変わってから、客層が変わったので、喫茶店にしたんだそうです」
 彼の話を聞きながら、頭の中でその店を想像してみたが、うまく想像できるものではなかった。
 私は喫茶店というのは、大学に入ってから、サークル勧誘の時期に、先輩から何とか連れていってもらったのが最初だった。高校時代までは、喫茶店というと子供の頃に入ったくらいで、記憶としては、ほとんどなかった。何しろ喫茶店に連れていったのは両親で、兄と一緒に嫌々入ったものだ。食事を決めるのも父の判断で、別に好き嫌いのある方ではない私だったが、喫茶店で食べた食事をおいしいと感じたことはなかった。
――人に決められて食べるものほど、マズいものはない――
 兄も私も、その時に嫌というほど感じたことだろう。
 その時に食べたもので好きだったのは、オムライスだった。
 元々チキンライスと卵料理は好きだったので、その二つが一緒になったオムライスは、私の大好物だった。今でこそあまり食べなくなったが、それは昔ながらの食堂が減ってきたからだった。
 あれだけ嫌だと思っていた両親から、週末になると強引に連れて行かれたデパートの大衆食堂。ほとんど見ることはなくなってしまったが、あれだけは嫌で嫌で仕方のなかったデパートで好きなところだった。
 ここまで毛嫌いしていたデパートだったが、大人になると懐かしいと感じるのはどういう心境だろう。
 大学生になってから一度デパートに入ったことがあった。本当なら嫌いなデパートなので、分かっていれば選ばなかったアルバイトで、一日だけのアルバイトだったのだが、それが会場設営の会社から派遣される形のものだった。
 まずは、会社に出社して、そこから数人で別れて車に乗り、それぞれの派遣先へ連れていってもらうのだが、私はその時、ちょうどデパートの担当になった。
作品名:新しい世界への輪廻 作家名:森本晃次