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新しい世界への輪廻

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 というと、小躍りしているかのようだった。そんな氷室の露骨とも思えるような大げさな態度に少し戸惑ったが、別に悪い気はしなかった。
――名前を覚えていただけでここまで感動してくれるなんて――
 と、彼のその大げさな態度に厭らしさなどの欠片もなかったのは、なぜだったのか。たぶん私はその時の雰囲気に酔っていたに違いない。
「中田さんがこの時間キャンパス内におられるのって珍しいんじゃないですか?」
「ええ」
――どうして、この人はそんなことを知っているのだろう?
 と感じたが、
「すみません。僕はこの時間結構大学にいることが多いので、今までに見たことが一度もなかったので、いつもはもう帰ってらっしゃるんだろうなって思っただけなんですよ」
 と、半分は言い訳なのだろうが、素直にそれを聞いて、
「ええ」
 と答えた。
 聞きようによっては、相手に、
「自分はあなたに興味を持っています」
 という意識を匂わせることにもなる。露骨ではないが、その言い方は不器用であり、微笑ましさをアピールしているように見えなくもない。
 しかし、氷室の普段の様子を見ていると、本当に不器用なところがありそうに思えたので、露骨さよりも微笑ましさの方が強かった。そう思うと、やはり声を掛けられて嫌な気分にはならなかった。
 今まで、人とあまり関わりたくないと思っていた私だったが、その時は、
――今日くらいはいいかも知れないわ――
 と感じた。
 それはアルバイトがなくなったことでできた時間をどのように過ごすかが曖昧だったからだというのもあるが、アルバイトがなくなったことに何か意味があるのではないかという思いもあるからなのかも知れないと感じた。
――今日なら、彼とであれば、お茶に誘われてもいいような気がする――
 と感じたのを察したのか、
「せっかくここでお会いしたんですから、お茶でもいかがですか?」
 気持ちを見透かされたと思うと少し癪だったが、思っていた通りの展開に、結局は満足できるので、お茶の誘いに断る理由などなかった。
 彼の雰囲気を見ていると、自分の知っている他の男性とは違っていることは最初から分かっていたような気がする。その思いが、彼との会話を楽しみにしている自分が、人と関わりたくないという思いよりも上回っていることを感じていた。
 人と関わりたくないという思いは、想像以上に、人との関わりというものを他の人と違った温度差を持っているかということだった。実際に、どうしても人と関わらないといけない時、自分もぎこちないが、それよりも相手の方が自分にぎこちない態度を取っているということに、意外と気づいていないものだ。
 しかし、彼と一緒にいると、そのことを気づかされた気がした。最初は、遠慮がちだった彼だったが、こちらが少しでも相手に合わせようとしているのを見ると、それまでの遠慮がちな態度とは正反対に、厚かましさすら見えるほどになった。
 もし、これが他の人だったら、その厚かましさに嫌気が差していたに違いない。彼の場合には、その厚かましさが自分を引っ張っていってくれる力に感じられた。同じ厚かましさを感じるのにでも、ただの強引なだけだと感じるか、引っ込み思案の私を引っ張ってくれていると感じるかによって、まったく違うということをいまさらながらに思い知らされた。
 そのことを他の人に言ったとすれば、
「そんな当たり前のことに、今気づいたの?」
 と言って、嘲笑われるに違いない。いわゆる失笑というやつに違いない。ただ、彼の場合は自分の知っている人たちとは変わった人種で、他の人が二人を見ると、
「似たもの同士だ」
 と言うに違いなかった。
 私はその時は別に人から笑われても構わないと普段から思っていたので、自分に言い寄ってくる男性がいるとすれば、別に無碍に避けるようなことはしないだろうと普段から考えていた。
 彼が連れていってくれたのは、大学の近くの店ではなかった。
――大学の近くのお店なんだろうな――
 と考えていた私は、彼が早足で駅に向かっているのを、普段はゆっくりにしか歩かないせいもあってか、何とかついていくのに必死だった。おかげで、駅までの距離をそんなに感じることもなく、必死でついていったわりには、息切れが収まってから、疲れが残ることはなかったのだ。
 電車はすぐにやってきて、席に座って落ち着いていると、彼は私に興味を示すことなく、ただ車窓を眺めていた。
――何をそんなに見つめているんだろう?
 別に何かを凝視しているというわけではない。ただ漠然と車窓から流れる景色を眺めているだけに感じられた。しかし、その様子からは、こちらから話しかけられる雰囲気はなく、彼の横顔を見つめるだけだった。彼は車窓を漠然と見ているだけだったが、急にニッコリと笑顔を見せることがあるのを感じると、
――何かを思い出しているのだろうか?
 と思えたのだ。
 電車に乗って三駅ほどのところで、彼は、
「さあ、降りよう」
 と言って、私の手を引っ張ってくれた。
――相手は後輩で、私よりも年下のはずなのに、別に嫌な気分にはならないわ――
 と、感じた。
 あまり人と関わりたくないと思っている私は、その理由の一つに、
――私に対して礼儀を尽くしてくれない人に対して、どんな態度を取ればいいのか分からない――
 と感じていたからだ。
 自分に対して礼儀を尽くすのが当たり前だなどとは思っていないが、礼儀を尽くすことも知らない人と、どう接すればいいのか分からない。つまり、自分の想像もつかないことを考えている人と付き合うことの煩わしさが、人と関わりたくないという思いを抱かせていると思っているのだ。
 彼に引っ張られながら駅を降りると、その駅は今まで降りたことのない駅だったこともあり、新鮮な気がした。しかも、初めて降りる駅に、誰か他の人が一緒にいるなどと想像したこともなかった。その相手というのは、今日初めて親しく話をした人である。どんな人なのか分からない相手、新鮮に感じるなど、本当に私の頭が考えたことなのだろうか?
 その駅は、まわりを森に囲まれていると言ってもいいほど、自然のまだ残った場所だった。
 駅前から森のように続いているその場所は、奥に神社があり、公園になっていたのだ。今までに一度も降りたことがなかっただけで、いずれは降りてみたいと思っていた駅でもあった。新鮮に感じたのは、彼と降りたからではなく、以前から興味があったからだと自分に言い聞かせていた。
 今はまだ冬なので感じないが、少し暑さを感じる時期であれば、セミの声が似合う場所であることは分かったに違いない。
 私は暑い時期は嫌いだった。寒い時期であれば、着込んでいればいいだけで、暑い時期には脱ぐわけにはいかないからだ。それに、
――裸になったとしても、暑いものは暑いんだわ――
 と思う。
 暑い時期に行く海も嫌いで、べたべたする潮風に当たると、子供の頃などは次の日にいつも熱を出していた。その頃から身体に纏わりつく汗が大嫌いで、
「夏なんかなくなればいいのに」
 と普段から口にしていた。
 人との関わりが嫌になったのは、親の存在もその一つだった。
作品名:新しい世界への輪廻 作家名:森本晃次