新しい世界への輪廻
それだけに、彼の意見は私にとって斬新で新鮮であった。しかもまったくの正反対の意見であるにも関わらず、私にはニアミスに感じられてしまう。まるでそばにあるのにまったく誰にも気づかれることのない路傍の石であったり、次元が違っていることで、姿すら見えないという異次元の発想に繋がっているような気がしているのはおかしなことなのだろうか。
――意識と記憶――
言葉のニュアンスは近いものがあるが、まったく別物である。しかし、それをニアミスのように思う私は、ひょっとすると氷室という後輩とこういう会話を近い将来することになるという意識をずっと持っていたかのように思えた。
「記憶や意識を共有するというのは、どちらかしかできないんでしょうね」
と私が言うと、
「その通りだと思います。だから、人と共有しているという意識がないのかも知れないですね」
「私は、普段から人と関わりたくないという思いをずっと持っていましたので、何かを他人と共有しているということに違和感を感じるんですよ。だから、意識の中だけで感じていると思っています。さっきの意見とは矛盾しているんですが、あなたとお話していると、なぜか矛盾も正当化されているように思えてならないんです」
「ひょっとすると先輩は僕の意識を介して、他の人と意識を共有できるのではないかと考えているんでしょうか?」
「あなたを介してというよりも、あなたの意見を自分の中で咀嚼しているうちに自分の意見として生まれてきたものだと言えるんだと思います」
「人と関わりたくないと思っている人でも、関わりたいと思える人もいるということですか?」
「そうかも知れません。特に自分の中で暖めてきた考え方を否定も肯定もせずに、お互いの意見を戦わせることのできる相手というのは、生きていく上で必要なんじゃないかって思うんですよ」
「もし、そんな相手がいなかったら?」
「その人は自分の中だけで結論付けることになるんでしょうね。でも、私はそれも一つの正解だって思うんです。自分の中にもう一つの仮想の自分を作り出すことができる人であれば、問題ないってですね」
「僕もそれは感じますが、でも、自分の中にもう一つの仮想の自分を作るということは誰にでもできることだと思っています。でも、人と関わるとそのことを意識しなくなり、頭の奥に封印してしまおうと無意識にしてしまうのではないかと思うんです。少し飛躍した考えではありますが、冷静に考えると、これも間違いではないと思いませんか?」
「そうですね。自分にその意見を納得させるのは、自分だけでは難しいですが、あなたから言われて、私も納得できるような気がします」
「あなたは、あくまでも人と関わることを自分の中の信念としているようですね」
「ええ、そうですね。だから、さっきの話題にも出た『他人との共有』という発想は、どこか違和感があるんです」
「じゃあ、他人の記憶が自分の中にあるという発想は?」
「その発想は否定できないんです。本当は自分の意識の中で否定しなければいけないと思いながらも否定できない考えなんですが、それでも新しい世界を考えた時に他にも創造してみた夢であったり、記憶喪失によるものであったりといういろいろな考えを複合することで、説明しようと自分に言い聞かせているのかも知れませんね」
「本当にそうでしょうか?」
彼は少し何かを考えて、自分に言い聞かせるように俯き加減で、私に対して話をしているようで実は自分に問いかけているようにも思えた。
「えっ?」
私は彼の言葉に驚いたというよりも、彼の挙動が自分の想像の域を超えていることが意外に思えたのだ。
「あなたは、やっぱり人と関わりを持ちたくないという思いが一番にあって、そこから考えが付随しているように思えるんです。だから話を聞いていて、分かりやすい部分と、分かりにくい部分がハッキリしていて、総合的には僕にとってあなたは、分かりやすい人という意識を持っているんです」
彼の言葉は難しく感じた。さっきまでの話は、
――私にしか理解できない話だわ――
と感じるほど、彼のことを分かっているつもりだったが、急に分からなくなった。話の内容が難しく、どう解釈していいのか分からなかった。
しかし、冷静に考えればすぐに分かることだった。
――私のことを直接口撃していることで、私は彼に対してひるんでしまっているのかも知れない――
と感じた。
少しの時間、何も答えられないでいると、彼も言葉をなくしてしまったかのように黙り込んだ。だが、その視線は私を見つめていて、決して何を口にしていいのか分からないから話をしないのではないということは分かった気がした。
静寂を破ったのは彼だった。
「あなたは、『新しい世界』という発想を持っているんでしょうね。それは僕たちが創造している世界とは別の世界で、誰も考えたこともない世界を自分の中に作り出そうという発想からスタートしているんでしょうね」
「ええ、自分でもそう思っています」
「あなたはそれを当たり前のように思っているけど、僕は少し違います。世の中に存在している世界。これは今まで誰も見たことのない世界であっても同じなんですが、創造神のようなものがあって、その神がそれぞれの世界を作り出したというイメージを持っています。それは神話の世界であり、神話の世界は宗教に深く結びついている。僕たちはそれを普通のことのように意識の中で感じているんですが、あなたはそうではない。創造神というものを信じているかどうかは分かりませんが、新しい世界というのは、自分の意識が作り出したものなんだって思っていると感じています」
「まさしくその通りですね。あなたや他の人の感じている世界というのを、私は信じてはいるんですが、それは私が考える新しい世界とは別物なんです。他の人が作り出したもので、それが漠然としたものであれば、私はそれを新しいものだして認めたくはないと思っています。しかも、私はその世界に行ったことがあると思っています。記憶には残ってはいないんですけどね。だから、誰にも話せないし、話してしまうと、行ったという事実すら自分の意識の中から消えてしまいそうで、それが怖いです」
「そして、あなたはそのことを、自分だけのことだと思っていなかったんでしょう?」
「ええ、自分だけではなく、他の人も自覚していることだって思っていました。誰もそのことを口にすることはない。だから、口にしてしまうと、自分の存在まで消えてしまうのではないかなどと、子供の頃に感じたほどだったんです」
「先輩は、子供の頃からこの考えを持っていたんですか?」
彼の表情はまたしても訝しそうに見えたが、私が子供の頃に感じたということに対して、かなり驚いているようだった。
「ええ、小学生の頃からだったでしょうか? 人と関わりたくないという意識を持ち始めた頃とあまり時期的に変わっていないように思っています」
彼はまた考え込んでいた。
「なるほど、あなたが人と関わりたくないという意識を持ったのは、新しい世界を自分の世界として納得させようという思いの表れだったのかも知れませんね」
「そうかも知れません」
私は続けた。
「私は新しい世界に行ってきたという意識を持っているんです」