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新しい世界への輪廻

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 私がムキになる時というのは、たいていの場合が、何かを忘れていて、それを思い出そうとしていることが多い。何かがきっかけになって、それまで感じたことのないような閃きが自分に迫っているという意識もあるが、どちらにしても、
――ここは譲れない――
 という思いが強かった。
 そんな時は相手に対しての圧力はすごいものだろう。中にはたじろいでしまって、何も喋れなくなってしまう人もいた。
――人と関わりたくない――
 という気持ちがあり、ほとんどの時、自分が考えていることを表に出すことがないくせに急に自分から詰め寄るような言い方になるのだ。相手は溜まったものではないだろう。
 彼は私の様子を見ながらたじろぐことはなかった。そのかわり訝しそうな表情になったのは、ある意味私にとってはありがたかった。たじろいでこられると自分が正気に戻った時にどんな会話をしていいのか分からない。それだけ気まずい雰囲気になってしまうのだろうが、相手に訝しがられる方が、会話は続いていくだろう。最初こそ険悪なムードかも知れないが、お互いに意見を出し合うことでスッキリできるのであれば、それはそれで正直な気持ちのぶつけ合いなので、気まずくなることはないと思っている。実際に今までにも険悪になったことはあったが、その人とはすぐに分かち合えることができ、人と関わりたくないと思っている私に、唯一話ができる人ができた瞬間だった。
 その人は高校を卒業すると専門学校に入ったので、なかなかお互いに忙しく、最近では会うことも珍しくなっていた。しかし、気持ちは繋がっているという意識があることで、会えないとしても、別に寂しいと思うこともなかったのだ。
「ところで氷室君は、記憶の共有をしていると思っている人と面識はあるんですか?」
 訝しい雰囲気ではあったが、私がそれを聞くと、氷室は表情を和らげて、すぐにさっきまでの顔に戻っていた。
「いいえ、面識はないですね。面識がないから、記憶が共有できるのではないかと思っているくらいです。面識があると、記憶を共有していたとしても、まさか知り合いの記憶と共有しているなどとは、なかなか思えるものではありませんからね」
 と、少し余裕のある顔でそういった。
「そうですか。実は私はあなたと少し違った発想を持っているんですよ。いや、違ったというよりもある意味ニアミスなのかも知れないですね」
 と私がいうと、
「どういうことですか?」
 彼は、
――もう訝しい表情になることはないだろう――
 と言わんばかりのその顔には、好奇心が溢れていた。
 彼の顔で一番煌びやかな表情をする時は、
――この好奇心に溢れた表情なのだ――
 ということを私はその時、初めて感じた。
 私は少ししてやったりの表情をしていたかも知れない。
「あなたは記憶の共有をしているその人と、意識は共有していないと仰っているんですよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、私は逆なんですよ。私は他の人と意識の共有はしているけど、記憶の共有はしていないと思っているんです。だから、ニアミスだって言ったんですよ」
「なるほど。でも、それって誰もが感じていることなんじゃないかって思うんですが、違うんでしょうか?」
「そうかも知れませんが、私のは他人が感じている思いとはまったく違っていると思っています」
「それはどうしてですか?」
「もし、他の人も同じであっても、他の人はそのことを意識していないと思うんですよ。無意識にであっても、きっと誰も意識していないと思うんですよね。世の中には意識していないことでも無意識に意識していることが多いと思います。逆に無意識にでも意識していないことは結構レアなケースだと思うんですよ。だから、そういう意味でも最初からずっと意識している私と、無意識にでも意識していないだろうと思う他人とを一緒にしないでほしいと思っています」
「なるほどですね。それでさっきの質問の意味が分かりました」
「というと?」
「あなたは、僕に対して記憶の共有をしている人と面識があるのかって聞かれましたよね?」
「ええ」
「僕が面識がないというと、それが当然だとでもいうようなドヤ顔に見えたんですが違いますか? それはあなた自身が僕と正反対の感覚を持っていて、人との意識の共有なので、当然相手は顔見知りのはず。つまりは、正反対だということを、自分にも納得させたいし、僕とその点での意識を共有させたいと思っているわけですね」
「ええ、でも、この場合の意識の共有は、意図してのことなので、私が感じている人との意識の共有というのとは別物ですよ」
「それは分かっています。そうでないと僕の意見との正反対の発想ではなくなりますからね」
「ええ、そうです。あくまでもここにいる二人の間での意見の論争になっているので、お互いの発想が相手の意見を刺激しあうことが大切になってきますよね」
「その通りだと思います。僕もあなたとここで今日、こうやって意見を戦わせることになるなど、想像もしていませんでした」
 その言葉を聞いて、私は少し呆然とした。
――私は、相手は特定できなかったけれど、今日誰かと意見を戦わせるような気がしていた。そして、相手も私と同じように、相手が誰かは分からないだろうが、意見を戦わせると感じていたはずだ――
 と思っていた。
 だから、私は人と意識の共有ができていたのではないかと思った。今日話をすることが予知できた時点で、ほとんど面識のなかった相手を前からずっと意見を戦わせていた相手だったかのように思う気持ち、それが私の中にあったのだ。
 それと同時に私は高校時代まで一緒で、専門学校に行った意識を共有できていると思った友達。彼女のことを思い出していた。
 ほとんどが読書に対しての自分の感想だったが、次第に私の中で、彼女の話が私とダブってきていることに気づいていた。そして、さらに親密になってくると、私に向けられていると思ったその気持ちが、実は自分の中にも向けられているのではないかと思わせたのだ。
 そう思うことで私は、
――彼女とは、意識を共有することができる――
 と感じるようになった。
 ただ、感じるのは、その時の彼女の意識だけであって、過去に記憶された意識はすでに過去のものとして封印されていて、刻々と変わっていくであろう意識に取り残されないように必死について行ったような気がしていた。
 必死についていくのだから、当然過去の記憶などに捉われるわけにはいかない。その思いが、
――意識は共有できるけど、記憶は共有できない――
 と感じたのだ。
 つまりは、記憶として格納される時、お互いの性格の違いが露呈する。それは当然のことであり、他の人が感じている意識とは、深さが違っているのだ。
 もし、他の人は意識は共有できるが記憶は共有できないという思いを持っていたとしても、そこには深い意味はない。私のように、意識への思い入れが強すぎて記憶にまで気が回らないという発想を抱くことはないだろう。
作品名:新しい世界への輪廻 作家名:森本晃次