新しい世界への輪廻
一組の男女から生まれるのが、男性に偏ったり女性に偏ったりすることはあっても、全世界的には辻褄が合っている。決して、男だけの国、女だけの国というのは存在しない。
――人間は、男と女からしか生まれないんだ――
ということを考えると、うまく産み分けるのは、種の保存という観念から言っても至極当然な話である。
ただ、それは人間だけに言えることではない。他の動物もしかりで、オスばかり、Mスばかりという種族はない。もっとも一夫多妻制のようなものがあるところは別だが、今の世の中ではそんなこともないだろう。
そういう意味でも、本当であれば、相手である異性を大切にするということは種族の使命であるともいえるのではないだろうか。
だが、人間というものは、それでは我慢できない動物なのか、不倫をしてしまう。結婚したその時はよかったのだが、
――隣の芝生は青い――
と言われるように、目移りしてしまうのも、人間ならではなのだろうか。
いや、他の種族も人間が知らないだけで、同じようなことが行われているのかも知れない。ひょっとすると、それが原因で殺し合いに発展することもあったりするだろうか。そう思うと、まだ理性のある人間の方がマシなのかも知れないと感じた。
人間は理性を持っているが、ギリギリのところまでは我慢できるが、我慢を超えると自分でもどうなるか分からないと思っているところがある。ひどい時にはそれが殺人事件を引き起こしたりもしかねない。それを思うと、人間も野蛮な種族であるということに違いはなかった。
特に女性の場合の方が、その考えに近いのではないだろうか。男女が別れる原因になることで、ギリギリまで我慢して結界が解けてしまうと、前後不覚に陥るくらい平常心を失う人もいる。
それが悲劇に重なることもしばしばで、毎日新聞やワイドショーを賑わせている中に一つは存在しているように思えた。
「世の中、絶えず事件が起こっている。一度くらい暗いニュースのない一日を味わってみたい」
と言っている人の話を聞いたことがあった。
その時ふと何を思ったのか、
「前世のことを思い出すと、頭の中にオルゴールで聴いた『別れの曲』が頭の中を巡るような気がするんだ」
と氷室が口にしたのを、私は聞き逃さなかった……。
新しい世界? それとも前世?
私が、
「新し記憶は、他人の記憶」
という話をした時、氷室が、
「他人の記憶を共有しているような気がする」
というのを口にしたのを思い出した。
前世のことを思い出すときに『別れの狂句』が頭をよぎるという言葉を聞かなければ、ひょっとすると、そのまま意識せずに、話をスルーしていたかも知れない。
「そういえば、他人の記憶が自分の中にあるのは、その人と共有しているように思うと言ったのは、どういうことだったんですか?」
「僕も自分の中に他人の記憶が入っているないかって思ったことがあったんですが、それをずっと夢の中で感じたことであり、幻想だったり、妄想だったりと思っていたんです。でも、ある日急にそれが違うんじゃないかって思ったことがあったんですが、その時から自分の中で他人の記憶を感じた時というのは、誰かと記憶を共有しているんじゃないかって思ったんです」
「それはどういう時だったんですか?」
「あれは、中学時代だったかな? 僕には好きな女の子がいて、その子とよく本の話をしていたんです。僕も読書は好きだったし、彼女もよく本を読んでいました。本を読むためによく図書室に行っていたんですが、その時、本棚を真顔で見つめている彼女の横顔をいつも見ていて、そのうちに彼女を見ているだけで、楽しくなってきたんですね」
彼の言っていることには共感できた。自分にはそういう経験はなかったが、もし中学時代にそういう経験が少しでもあれば、今ほど人と関わりたくないという思いを強く持つことはなかっただろう。
「中学時代には、女の子にはありがちな気がする話ですが、男性にもあるんですね」
「それはそうでしょう。思春期というのは、男性女性どちらにも漏れなくついてくるものですからね。時期は少しずれるかもしれませんが、それも人それぞれというだけで、訪れない人なんていないんでしょうね」
「その通りです。私は時期がずれるというよりも、男性と女性で最初から身体や精神のつくりが違っているので、時期がずれても当たり前だと思っています。男性よりも女性のほうが早熟っていいますからね」
「それは分かります。でも、男性だから女性と同じような行動に出ないとかいう発想は違っているような気がしますよ」
と、彼は珍しく反論していた。きっと彼には彼なりの考えがあり、考えに基づいて行動していたことを否定されるような発言があった時は、相手が誰であれ、反発してしまうのかも知れない。
――この人も男性としてのプライドのようなものがあるのかも知れないわ――
と感じた。
女性から、自分の行動を否定されたような気がしているだけではなく、女性と同じような行動に見られたことが悔しいのだろう。そのことは話をしていて分かったが、私は彼を少しからかってやりたくなった。今まで対等に話をしてきたのだが、私の方が年上で先輩なのだ。いまさらではあるが、そのことを思い知らせてやりたいという悪戯心であった。
「ところで、他人の記憶が自分の中に存在していると、記憶を共有しているような気がしているということなんですか?」
と聞いてみると、
「いつもというわけではないんですが、たまに共有しているのではないかと思えるようなふしがあるんです。どんな時に、いつなのかと聞かれるとハッキリはしないので強くいえないのですが、僕の中では自分を納得させられるだけの気持ちはあると思っています」
彼の口から、
「自分を納得させられるだけの気持ちがある」
と言われると、それ以上言い返すことはできないような気がした。
私も確かに、自分を納得させられることであれば、他人が何と言おうとも、人に逆らってでも気持ちを自分の中に収めてしまう。もちろん人まで納得させようとは思わないが、自分の中だけで強く思うことを、自分の中での信念として、大切にしておくことに決めている。
「共有している相手とその記憶の中で話をしたという思いは残っているんですか?」
「ええ、残っています。残っているからこそ、共有しているという意識が生まれてくるからで、それがなければ、さすがに共有という意識は持てません。お互いに言葉にしたことが残っているんです。だから記憶だと思っているんですよ」
「というのは、共有したという意識を記憶の中で持っているというわけですか?」
「そういうことになりますね」
「じゃあ、あなたは記憶は共有できても、意識は共有できないと感じていると思っていいんでしょうか?」
「そうですね」
私は彼に詰め寄るような口調になった。
それを聞いていて彼は少し訝しそうになったのが分かったが、私としても自分の中に燻っていた意見があったのを思い出しかけているので、ここで彼への詰め寄りをやめようとは思わなかった。