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新しい世界への輪廻

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「違和感?」
「ええ、違和感です。男性は宥めながら、さらに彼女を抱え込むようにして、守ろうとしているかのように最初は思ったんですが、それよりも、他の人に見せないようにしていたようなんです。恋人同士というのがどんなものなのかよく分かっていなかった私だったんですが、そこだけは違和感があったんです」
「でも、最初は楽しそうに話をしていたんでしょう?」
「ええ、でもそのうちに男の人の口から、『うちのやつが』という言葉が聞こえてきたんです。その時に、それが男の人の奥さんだって分かりました。でも、それでも私は二人が不倫の関係にあると思わなかったのは、それだけ不倫ということに実感がなかったのか、それとも、不倫の関係にある人を想像したことがなかったからなのかも知れません」
「中学生の女の子に不倫という意識を抱かせるのは無理がありますからね」
「ええ、私は親に対して不信感しかなかったんですが、でも、不倫という意識はまったくありませんでした。不信感が強かった分、不倫をしていると言われても別に何も感じなかったでしょうが、目に見えないショックが起こったかも知れないと思うと、不信感がどこから来ているのか、分からなくなってしまうと思っていました」
「なるほど、その思いが、その時にいた不倫カップルに対してもあったんでしょうね。だから、不倫カップルだとその時は感じなかったのかも知れません」
「ええ、その時嗚咽していた女性は、少し苛立っているように感じました。今から思えば相手の男性の口から出た『うちのやつ』という言葉に反応したのではないかと思います。まるでのろけられているように感じたのかも知れません」
「女性というのは不思議なものだって時々思います。自分は不倫をしているくせに、裏切られてるはずの相手の奥さんに対して、いまさら嫉妬心を抱くんですからね。奪われた方がどれほどのショックで痛手を負っているかということを、考えたこともないのかも知れません」
 本当なら、女性蔑視ともいえるような言葉を発した彼に怒りを覚えなければいけないのかも知れないが、私は不思議と怒りはなかった。きっとその時私は自分を女性として意識していなかったからだろう。
「それはあるかも知れません。でも私はそんなことを感じたことはありません。考えてみれば男性を意識した相手と二人きりで話をしたことなどなかったからですね」
――あなたが私にとって、最初の男性を意識した相手なのよ――
 と言っているのと同じであったが、彼はそれほど嬉しそうな顔はしなかった。
 私の気持ちを察することができなかったのか、それとも分かっていて敢えて自分の気持ちを表に出そうとしなかったのか。もし後者であれば、
――私は好かれているんだわ――
 と感じたことだろう。
 今のこの時点では、好意を持たれているのは当然として、好きになってもらっているという感覚は微妙だった。
「そのうちに、どうしてその女性が怒りに震えていたのか、分かった気がしたんです。理由はその時、その女性が口にした一言でした。『私、あなたの奥さんの記憶が私の中にあるようなんです』とですね」
「それって不気味ですよね。逆に言えば、彼女の方から別れたがっているのではないかと思わせるエピソードに感じますよ」
「そこまでは私も感じませんでした。さすが氷室君というところかな?」
「茶化さないでくださいよ」
 と言って、彼が微笑んだので、私も微笑み返した。
「確かにそう言われてみると、私もなんだかそんな気がしてくるから不思議ですわ。でも、その時の私は、『あなたの奥さんの記憶がある』っていう言葉に反応してしまったんですよ。ひょっとすると、その時に二人の間に微妙な温度差があったのかも知れないとも感じます」
「温度差というのはきっとあったんでしょうね。だからお互いになるべくくっつきたいという思いがあったんでしょう。男性の方が『うちのやつ』と言ったのも、その温度差を縮めたいが一心だったんじゃないですか?」
「そうでしょうね。でも、まわりのことよりも、実際の会話の内容はどうだったんですか?」
「女性の方がいうには、旦那、つまりあなたの浮気にはまったく気づいていないっていうんです。だから、それだけに奥さんに対しての後ろめたさが自分にはあって、『相手の気持ちが分かるということほど、感情が高ぶってくることはない』と言っていましたね。その感情は、相手の喜怒哀楽が自分の目の前にある鏡に写しだされていて、左右対称であるがごとく、相手が楽しければ、自分は苦しく、相手が幸せなら自分は不幸だ。そう思うと相手には辛く苦しい状態であってほしいと思うのは、その人の意識が考えることであって、決して無理をしたくないという思いからなのかも知れませんね」
「それは女性の嫉妬というものでしょうね」
「男性の嫉妬は違うんですか?」
「同じだとは思いますが、男性は女性ほど現実主義ではないので、嫉妬にもどこか違う考えがあると思うんです。そうですね。一刀両断にはできないものがあると思いますよ」
「それは女性にも言えると思うんですよ。嫉妬にいい悪いがあるとは思えませんが、その程度というものは、男性と女性では違いますよね。本当は、その人それぞれで違うので、男性と女性を垣根にしてしまっていいのかとは思いますよ」
「でも、その女性が言った奥さんの記憶というのはどういうものなんでしょうね?」
 と会話に一瞬の沈黙があり、その後に彼が聞いてきた。
「どうやらその女性にとっては、思い出したくもない記憶だったようです。それはそうでしょうね。なるべく隠したいと思っている相手の記憶を自分が持っているなんてですね」
「男性にとっても、不倫相手がそんなことを感じているというのは、心中穏やかではないはずですよ。彼にとっても奥さんは奥さん、不倫相手は不倫相手として割り切って付き合っているつもりなのに、不倫相手の中に奥さんがいるなんて事実、俄かには信じられずはずもなかったことでしょうね」
「ええ、もちろんそうですよ」
 と言ったが、話をしているうちに、
――お互いに自分と同性の肩を持っているように聞こえるわ――
 と感じた。
 だが、それは無理もないことだ。世の中には男か女の二種類しかいないのだ。本当に大雑把に二つに分けてしまうんだから、話をしながら無意識になっていたのも頷けるというものだ。
 私は、男性の気持ちを分かることができるとは思っていない。それは今だけに限らず、将来に渡っても、本当の男性の気持ちを分かることはできないと思っている。性別というのは口でいうよりも結構敷居の高いもので、だからこそ、
――世の中には男か女しかいないのだ――
 とも思っていた。
 女性の中にも男性の中にも、年齢の隔たり、お互いに育った環境などから、意気投合できる人もいれば、決して分かり合える相手ではないと思える人もいることだろう。人それぞれだということだ。
 男性、女性とそれぞれを考えているだけであれば分からないことでも、男性と女性を全体から見れば不思議に感じることもある。
 私が一番不思議に感じたのは、
――男女、少々の違いはあるかも知れないが、どこにいても、その人口比率はほとんど変わらないわね――
 ということだった。
作品名:新しい世界への輪廻 作家名:森本晃次