新しい世界への輪廻
「あなたがそう思うのであれば、それは間違いではありません。発想が無限にあるように、回答であったり、終着点も無限にあると考えていいのではないでしょうか? そういう意味であなたの発想を、あなたの口からどんなものなのかを聞いてみたいという衝動に駆られているわけなんですよ」
「私の発想ですか?」
「ええ、あなたが思い描いている今この瞬間の発想で結構です」
「今の発想ですか?」
「ええ、今の発想はすぐに過去になります。そして未来が現在になるわけです。未来は永劫に続いていくし、過去も今まで積み重ねられた無限の力を秘めています。でも現在というのは、一定の長さしかありません。ただ、その長さの間に重みが違っていたりするんです。その瞬間の発想というのは、すぐに忘れてしまいますが、その人にとって、大切な蓄積になるんですよ」
彼の話は、いちいちもっともだと思えた。
自分が考えていることが今までのように薄っぺらいものから、次第に丈夫なものへと変化していっているように思えてならない。ただ、それをどこまで覚えていられるかといういことが一番の課題だと思っている。
今こうやって話している内容だって、すぐに忘れていくに違いない。その証拠に、最初の頃にどんな話をしていたのかということが頭の中で消えているように思えてならなかった。ひょっとすると記憶の奥に封印されているのかも知れないと思ってはいるが、そう簡単に表に出すことはできないものだと思うのだった。
「私はあなたがさっき言ったように、新しい世界を創造することが結構多いと思っています。発想はするければ、いつもすぐに忘れてしまっているので、それだけ集中していたということを自分でも分かっていて、集中するには、自分にとって別の世界を形成しなければいけないということを考えています。ただ、この別の世界というのは、発想の中に出てきた新しい世界とは違います。新しい世界はあくまでも想像上の世界で、自分の頭の中だけで作り出したものなんですよ」
「でも、発想するための別の世界というのも、頭の中だけで作られたものなんじゃないですか?」
「そんなことはありません。発想するための世界を作るには、頭の中と同じくらいの大きさの器が必要なんじゃないかって思うんですよ。そうなると、他のものはどこに行ってしまうのか? ということになりますよね。それを説明できない限り、発想するための世界は頭の中とは違う世界ではないかって思うんですよ」
「それはきっと、他の人が考えていることと正反対なのかも知れませんね」
彼は私にとって意外なことを口にした。
「そうなんですか? 私はあまり人と関わらないようにしてきたので、私独自の考えだけで今まできました。だから、他の人の常識はまったく分からないんですよ」
「実は私も同じように、他の人と関わりたくないという発想を心の中に持っています。でも、私の場合は、なぜか他の人がどのように考えているかということが分かる気がするんです。そこがあなたとは違うところなんじゃないでしょうか?」
「私の考える『新しい世界』のお話を聞いていただけますか?」
「ええ、もちろん。願ったり叶ったりですよ」
と、彼の表情は嬉々として答えた。
私はそんな彼を見て、
――きっと彼は私と違って、まわりの人の発想を他人事のようには感じていないのではないかしら?
と感じていた。
「私は最初、新しい世界を頭の中で考えた時、いろいろな発想を思い浮かべたんです」
というと、すぐに彼が聴き返してきた。
「えっ、新しい世界というのは、、他の発想から思い描いたことを最終的に新しい世界だって思ったわけではないんですか?」
「もちろん、最終的にはそう思ったわけなんですが、最初から私の頭の中には新しい世界という発想があったんです。それをどう自分で納得させるかということを考えた時、いろいろな発想が頭をよぎったという感じですね」
「一つ一つ聞いていきましょうか」
「ええ、まずは誰もが最初にそう感じると思うんですが、夢だという発想ですね。さっきから話しているように、夢の世界から戻ってくるという発想があると思うんですが、その時に、目が覚めるにしたがって忘れてくるものが夢だという思いとは違う意識が働いたんです。それで、新しい世界は夢の世界とは違っていると思ったんです」
「なるほど、それは分かりやすいかも知れませんね」
「その次に感じたのは、記憶喪失という発想だったんです:
「というと?」
彼の目は好奇心に満ちているようだった。
「少しこのあたりから突飛な発想になるのかも知れませんが、新しい世界を創造した時に感じた思いとしては、何もないところに自分が勝手に作り出したもののはずなのに、何かの拍子に思い出した時、その思いを鮮明に思い出せるような気がしたんです。ただ、その時に前に感じたことがある思いだったのかどうかということを意識できるかを考えてみたんですが、どうしても予測がつきませんでした。そこで、記憶の奥に封印されていたものが急に出てくるという発想を抱いたんですが、その時にふいに感じたのが、記憶喪失という考え方だったんです」
「記憶喪失ということを自分では意識していないということですよね?」
「ええ、自分が記憶喪失であるということは、自分だけでは絶対に分かりません。少なくとも一人以上の誰かと関わることで、自分から、何かおかしいと感じることになるのか、それとも人との記憶が食い違っていたりすることで、自分が記憶を失っているということに気づかされるかのどちらかだと思うんです。つまりは無意識のうちに自分の記憶の奥に封印されたものが、喪失している記憶だと言えるんじゃないでしょうか」
「それはもっともですね」
「でも、私の創造する新しい世界は、人から指摘されたり、人と関わることで気づかされたりするものではない、自分の記憶の奥に封印されたものだと考えると、意識していない記憶喪失がそこに存在しているのだとも言えるような気がするんです。記憶喪失というのは、時系列の中で、それまで記憶していたことを忘れてしまい、それ以降の新しい記憶を一から積み重ねるものであって、まるで記憶できる場所が一杯になってしまったので、奥の倉庫に封印されたかのようなイメージを抱きました。でも、いつかは記憶が戻って、過去の記憶がよみがえってくると、今度は、最初に記憶を失ってから、一から今まで積み重ねてきた新しい記憶はどうなってしまうのかと考えた時、またいろいろな発想が頭に浮かんできます。あなたはそれについてどうお考えですか?」
と、問いかけてみた。彼がどんな回答をするかということよりも、回答するまでどのような態度を取るかということに興味があったのだ。
彼は、少し腕組みをして考えていたようだが、自分が思っていたよりもすぐに回答してくれた。