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新しい世界への輪廻

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 彼はそう言って笑ったが、それが私を安心させた。勇気を持てなかったわけではなく、相手がいなかっただけだと思えたからだ。
「私は、人の意見をあまりまともに聞かないようにしているんです。それは相手が考えていることが分かる気がするからなのか分かりませんけど、結局は皆同じで、先駆者の誰かが唱えた説を、まるで自分の意見のように言う輩に対して嫌悪を感じるからなんですよ」
「それは僕だって同じことですよ」
「いいえ、あなたは違います。学説は学説として話をしてくれて、自分を表に出すのではなく、あなたの話は相手から話を引き出すようなやり方に見えるんです。一見、ずるくも思うんですが、でも相手も同じことを考えていれば、お互いに意見を引き出させることになって、建前ではない本当に考えている本音を引き出せるんですよ。それが僕には嬉しいんです」
「そう言ってくださると嬉しいです」
「ところで先輩は、さっき僕の話を聞きながら、どこか上の空に見えたと言ったでしょう?」
「ええ」
「それは僕には、あなたが僕の話を聞きながら、自分の中の本音を探していたように見えたんですが違いますか?」
「ええ、確かにそうかも知れません。でも、それを証明することは自分ではできない気がするんですよ」
「それはもっともなことですね。でも、今のあなたとの会話から、説明しなくても、僕に理解してもらいたいという気持ちが現れていることが分かるので、僕には十分に納得できますね」
 彼の話に次第に引き込まれていく自分を感じていた。
――人との会話がこんなに楽しいなんて――
 ひょっとすると、自分を否定するような言葉がそのうちに飛び出してくるかも知れないと感じた。今まではそんなことはなく、私の自尊心をくすぐるような心地よい会話だっただけに、怖くないといえばウソになるが、そこにドキドキする気持ちが含まれていることで、会話することに安心感を得られるということを知ったのだ。
「会話って怖くないんですね」
 というと、
「怖いですよ。自分の気持ちを見透かされるような気がするからですね。ところで先輩は、将棋で、一番隙のない布陣とはどんな布陣か、ご存知ですか?」
 いきなり妙なことを言い出した。何となく分かる気がしたが、それも漠然としていた。
「どうしてそう思うんですか?」
 と聞かれて、答えようがないと思った。答えられないくらいなら、最初から分からないと答えておく方がいいと感じた。
 すると、彼は満を持したかのように、
「それは、最初に並べた形なんですよ。一手指すごとにそこには隙が生まれる。将棋の世界というのは、そういう意味では減算方式の勝負なんじゃないかって思うんですよね」
 と言ったが、その表情にドヤ顔を感じさせるものはなかった。
「なるほど、そうなんですね。会話というのも、将棋のようなものなのかも知れませんね。自分が一言発することで、相手に弱みを見せているかのようにも感じられる。でもなるべくならそんな風には考えたくはないですよね。でも、そう思ってきたからこそ、私は今まであまり人と話をしなかったのかも知れません」
 そう言って、我を振り返っていた。
 その様子を見て、彼も何かを考えているようだったが、きっと同じような発想になっているのではないかと私は感じていた。
「あなたは、僕の考えていることが分かりますか?」
 と、直球で彼は聞いてきた。
「いいえ、そう簡単に人の心が分かれば苦労はしませんよ」
「そうでしょう。それは誰もがそう思っているはずなんですよ。でも、相手に見透かされているかも知れないと感じると、完全に相手に臆してしまう。それが会話の怖いところで、相手に劣等感を感じてしまうと、前を向いているはずの自分の頭が、どこを向いているのか分からなくなってしまうんでしょうね」
 と、彼は話した。
 彼の話を聞いていると、私が何を話したいのかということが見透かされているような気がして仕方がなかった。だが、こうやって直球で話をしていると、そんなことはどうでもいいような気がしてきて、逆に自分が考えていることを相手にも分かってほしいという思いに駆られるのだった。
――こんなことを誰かに感じたのは初めてだわ――
 こんな思いを一度でいいから味わってみたいと思っていたはずなのに、実際に味わってしまうと、
――こんなものなのか――
 という中途半端な気持ちになったのも事実だ。
「目標というものは、達成するためにあるわけではなく、目標を立てるということ自体が大切なんだよ」
 と言っていた人がいたが、その人の話を他の人は消極的に受け取って、
「達成することができない人の言い訳なんじゃないの?」
 と蔑んだような言い方をしている人もいた。
 実際に私も口に出すことはなかったが、似たような思いに駆られることもあった。それは自分がその人の意見を他人事のように聞いていたからだと思っていたが、今考えるとそうではなく、蔑んでいる人の話の方を、他人事のように聞いていたからだと思うのだった。
 蔑んでいる人に対して他人事のように思っているということは、その言葉を最初に発した人に対しても他人事のように思っているからではないだろうか。どうしても自分は他の人とは違うという信念を持っていることで、他人事に思うことが無意識になってしまっているように思うと、言葉の重みを感じなくなっていたのだった。
 だが、時々思い出すことがあった。今回のように一見関係のないような話の中で思い出すのだから、本来であれば、それだけ関心を持っていたということのはずなのに、それを認めたくない思いが強かった。
 今思い出したその時の話は、目標を立てることよりも達成することが大切だと思っていた時だった。それは、他の人も同じはずで、私もその話を聞いた時、言い訳という言葉が頭をよぎったに違いない。しかし、他の人が言葉に出したことで、頭によぎった発想を打ち消すことになった。
 学校ではいつも試験試験で試されているばかりで、こちらの目標は試験でしか図ることができなかった。それは人との競争であり、自分との戦いでもあった。どちらが強いかということで、その人の性格が分かるというもので、私の場合は自分との戦いだと思っていた。
 しかし、本来試験はどんなに点数をとっても、他の人が自分よりも勝っていれば、順位は下の方になる。進学するには学校に定数があり、決まった点数をクリアするというわけではなく、定数に入らなければいけないのだ。
 平均点でいくら八十点以上を取ったとしても、順位が定数を割れていれば、不合格で、平均点が六十点であっても順位が定数以内であれば、合格するのである。試験の難易度によって決まるのだが、どこか理不尽に感じられたのは私だけだったろうか。
 私は試験勉強をしている時は、何も考えないようにしていた。余計なことを考えてしまうと、勉強が上の空になるし、何よりも集中力に欠けてしまうからだと思っている。しかし、そんな時でも何かを考えていたのだろう。勉強に集中している時、時間はそれほど経ってはいなかった。私の場合、勉強以外で何かに集中している時は、時間があっという間に経ってしまう。きっとそれだけ勉強が嫌いなのだろう。
作品名:新しい世界への輪廻 作家名:森本晃次