新しい世界への輪廻
「なるほど、そういう考えなんですね?」
「ええ、あなたも似たような考えをお持ちのようですが、何となくですが、また別の考えがあるようにも思えるんですが、違いますでしょうか?」
彼の言葉は、私の胸に響いた。
「確かにあなたのいう通りだわ。私もあなたの意見を聞いていて、すべての点において納得できることができたの。でもそれは、あなたの考えに共鳴したからであって、私の中にある考えが覚醒されたのかも知れない。人の意見を利いていて、すべての点において納得できるなんて、普通では考えられないことだと思うの。それができたということは、今まで考えたこともなかった私の中で眠っていた考えが、あなたの意見に共鳴し覚醒した。そう思う以外にないって、今は思っているんです」
と私は詰まることなく言葉にした。
――私がこんなことを口にするなんて――
一人で考えている時に、頭をよぎるのであれば分からなくもない意見だが、まさか他の人を前にして、こんなに言葉を詰まらせずにいえるなど、今までの私からでは考えられないことだった。
「僕の記憶というのは、前世が存在したということを自分に納得させるためのものであって、自分が納得できればそれだけでいいと思っているんですよ。だから、こんなことは今まで人に話したこともないし、話すつもりもありませんでした。でも、あなたを見ていて、そしてここで人形やオルゴールと接していて、前世への思いを馳せるということに我慢ができなくなってしまったんです」
「じゃあ、あなたは、前世の記憶があるというのは、漠然としたものだということですね?」
「ええ、前世の記憶だと思えることを感じることは何度かあるんですが、その時々で、記憶がまったく違っているんです。どれかは夢なのかも知れないと思っているんですが、すべてが夢だったり、前世の記憶だったりというのはありえないんですよ。そう思うと、夢が曖昧な記憶であるのと同じで、前世の記憶も、いくら薄れることはないと言っても、最初から漠然としたものであれば、漠然としたものでしかないと思っているんですよ」
「私も、前世らしきものを感じることもあるんですが、あなたと同じように、その時々でまったく違ったシチュエーションを感じています。でも、それは漠然としたものではなく、例えば、人間ではない生き物が、何かを感じたり考えたりするということに疑問を感じてしまうんですよ。その思いがあるから漠然とはしていないんでしょうね。そういう意味では私の方があたなよりも現実的なのかも知れませんね」
「現実的というのは、少し違うかも知れません。あなたの方が私よりも、一つ一つのことに納得できないと気が済まない性格なのかも知れませんね。だから私のように、まったく同じスピードで時系列を流すわけではない。私は同じ時間の間隔で流してしまっているから漠然としてしまっているような気がします」
「ああ、そういう考えもありますね。だから、この世のように時を正確に刻んでいる世界では、一度覚えたことでも、次第に忘れていくんですね。時を正確に刻まない世界であれば、漠然と過ごすこともなく、一つ一つを納得させながら、生きていくことができる。つまりは、記憶はずっと意識のままいられると言えるんじゃないでしょうか?」
「僕は、時を正確に刻んでいる世界と、一つ一つを納得させていく世界の二つが存在しているような気がするんですよ。前世や来世が、そのどちらになるか僕には分からないんだけど、これも輪廻を繰り返していく上で必要なことではないかと思うんですよね」
「ところで、あなたはこの現世で一緒だった人が、来世でも一緒になれるとお考えですか?」
「それは難しいところですね。でも、現世のように、時を正確に刻んでいると、皆同じ時期に死んでしまうわけではないので、来世でもまた会えるような気はしませんね。でも、逆に時を正確に刻んでいないとしたら、自分の気になる人がいるとして、同時にその世界からいなくなるということもあるかも知れません。それは死というような概念ではなく、悲しいというイメージはないのではないでしょうか? だとすると、その人と来世で会える可能性はかなりの確率であるのではないかと思います」
「そうであってほしいですよね。でも、ここでのお話はあくまでも勝手な想像なので、何とも言えませんけどね」
と言って、私が笑うと、彼も笑った。
これが怒涛のような会話の中での一つの区切りのような気がした。時間を気にせずに話をしていたこともあり、気がつけば、笑うことすら忘れていたようだ。
話が少し落ち着いてきてからのことだった。急に私の頭の中で何かが閃いた気がした。普段から何も考えていないようで、実はいろいろ考えていると思っている私は、急に閃いたようにフッと何かに気づくことは少なくなかった。
だから、この時に閃いたことも、いきなり閃いたという意識はなく、きっと普段から考えていることがこの時に集約されて、降臨してきたのだと思えたのだ。
「私は、前世や来世のことなどあまり考えたことはないんですが、今生きている時代と平行して別の世界が開けているという思いはよく抱きます」
と言うと、彼も興味津々の様子で、
「それは、パラレルワールドというやつですね」
と、身を乗り出すようにして私に答えた。最初に話題を出したのが私なのでどうしても贔屓目に見えてしまいがちだが、彼の様子は今までの中で一番興奮しているかのようにも感じた。
「ええ、そうです。詳しいことはよくは知らないんですが、その世界には私やあなたと同じ人がいて、でも実はまったく違う人であり、ただ、環境は今のこの世界と同じものだという一種の矛盾を孕んだ発想をしてしまうことがあったんです」
「確かに矛盾と言えばそうですよね。僕もあなたと似たような発想を抱いていることが結構あるんですけど、僕にも矛盾があるんですよ」
「どういう矛盾なんですか?」
「僕は、何もないところから新しいものを創造するということへの発想は結構できるんですが、似た世界への想像は、妄想に近いものであり、できないものだって思っていたんですが、この世界だけは違うようなんです。それを矛盾だと思っているんですよ」
「私もあなたと同じように、新しいものへの創造をいつも感じています。そういう意味ではあなたのいう矛盾を私も抱えていることになると思います」
氷室の発想は、自分の発想にどことなく近いものがある。しかし、根本的なところで同じものが存在しているのかどうか、ハッキリとは分からなかった。
氷室と話していると、自分が今抱いている思いを口にしないではいられない。もし、相手が氷室以外であれば絶対に口にしようとは思わないだろう。
「私は、考えているこの世界は、厳密にいうとパラレルワールドとは違っているものではないかと思っているんです」
「どういうことですか?」