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新しい世界への輪廻

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――どうして怖いなんていうんだろう?
 と思っていたが、遊びに行った友達の家で見た人形を見て、本当にそう感じたのだった。
 しかし、成長するにつれ、両親のことを露骨に嫌いになると、
――両親が嫌いなものは、好きになれるかも知れない――
 と思うようになった。
 他のものではいくつか好きになったものはあったが、人形だけは好きにはなれなかった。その理由は人形に接することがなかっただけであって、
――接する機会があれば、好きになるに違いない――
 と感じるようになった。
 その思いがあったので、ここにアンティークショップがあると聞かされて、最初に浮かんだ印象が、オルゴールと人形だったのだ。
 さすがに最初から人形に行くのには勇気がいった。そのために、私が最初に木にしたのはオルゴールであり、想定外にも別れの曲が氷室の心を捉えたようで、彼がオルゴールに熱中しているのを幸いに、自分の勇気を試すかのように、人形のコーナーに歩を進めたのだ。
 目が合った人形は、どこに自分がいても、私を凝視してその視線を離そうとしない。
――目が盛り上がっているようだわ――
 人間の目も眼球が少し飛び出しているのを感じられるが、人形の場合はさらに露骨に飛び出して感じる。それが薄気味悪さを演出しているのだろうが、それ以上に、人形の見ているその視線の先に、本当に自分がいるのかどうか、それが気になって仕方がなかった。
――母親が気持ち悪いと言っていた理由が分かった気がするわ――
 母親の話を聞いていたことで、食わず嫌いだった人形ではあったが、想像することはできた。しかし、それはあくまでも想像であって、本当の気持ち悪さは実際に目を合わせなければ分からないはずだ。
 それは逆も言えることで、
――気持ち悪いと思っていたことでも、案外と思い過ごしに過ぎないかも知れない――
 と思うと、母親の感じたことをいまさら自分が感じるなど、
――あってはならないことだった――
 と思えてしまった。
 そう思うと、子供の頃に感じていた、
――お母さんのようになりたくはない――
 という思いが大人になるにつれて、薄くなってきているように思えてならなかった。
 それは、今までの自分の生きてきたことへの逆の発想だった。後退してしまう感情に、どう向き合っていけばいいのか、戸惑いを隠せない。
――人と関わりたくない――
 という感情も、両親を見ていて感じたことだったはずなのに、今の自分の心境は、両親などどうでもいいと思う時があるくらいになっていた。
 それは自分が大人になった証拠であり、自分が大人になることで、あの時の両親に近づいてしまっていることに驚愕の思いであった。
――大人になんかなりたくない――
 という思いを感じていたのであれば、そんな思いはなかったのだろうが、今から思えばかつてそんなことを感じたことがなかったことを思い知らされたのだ。
 私はそのフランス人形を見かけた時、自分が手に取ってみることはないだろうと思っていたが、気が付けばすぐそばまで来ていて、逃げようとしても足が竦んだようになって動くことができなかった。
 そのままじっとしていると、汗が額に滲んできていて、どうすればその状況がら逃れることができるかということを考えていた。しかし、考えれば考えるほど身体が竦んでしまい、急に我に返った私は何を思ったのか、その人形を抱きかかえていたのだ。
――なんてことをするんだ――
 自分でも抱きかかえている姿を想像することができなかった。想像しようとすると、自分を他人事に置いてみるしかなかった。他人事に置いてみると、どうもおかしな感覚になってきていることに気づいたが、それが持ってみた人形に重みをまったく感じないことだということを悟るまでに、それほど時間は掛からなかった。
――こんなことってあるのかしら?
 ぬいぐるみのように布や綿でできているものであれば、さほど重みを感じないのは分かるが、この人形はゴムのような素材でできている。持った時に感じた肌の冷たさは、いかにも人形を思わせるもので、それだけに目だけがこちらを見ているのを見るのが気味の悪いものだったのだ。
 その人形の大きさは、ちょうど二歳児くらいの大きさで、普通の人形よりも一回りくらい大きいのではないかと思えるほどで、抱き心地は冷たさ以外、悪いものではなかった。人形も抱かれていて気持ちがいいのか、少し目がトロンとしているように思えたが、この状態で目がトロンとしているのを感じるのは、決して気持ちのいいものではなかった。
――すべてが錯覚なんだわ――
 人形の目力に押されて、そんな気分になっていたが、考えてみれば、人形に目力を感じるというのもおかしなもの。この発想がどこから来るのかと考えると、答えはすぐに分かった。
――人形は瞼を閉じることがないんだわ――
 瞼を閉じることのない人間などいない。瞼を閉じなくなってしまうと、それは死体でしかなのだ。人形の目に気持ち悪さを感じるのは、この発想があるからで、目を見ていると死体を見ているような気持ちになるからに他ならなかった。死体というものを見たことはなかったが、リアルに想像できる自分が怖かった。
 人形を抱きしめて、じっと人形を見下ろしている私を見て、
「その人形が気に入られたんですか?」
 と、氷室が訊ねた。気に入ったわけでもなく、むしろ気持ち悪いと思っている私は、戸惑いを隠せないでいた。その様子を見て、私の戸惑いを悟ったのか、
「ゆっくりと他もご覧になってください」
 と、言って氷室は私から目を逸らした。彼もどうしていいのか、戸惑っていたのかも知れない。
 その様子から、彼が気を遣ったのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。彼は私から少し離れたところで他のものを見ていたが、絶えず視線はこちらにあり、意識していることは明らかだった。
――そのことを隠そうと一切していないわ――
 まるでわざと悟られるような様子だった。そのせいで、私は人形に意識を集中させることができなかったが、それが彼の狙いでもあったようだ。
 私はその人形を少しの間凝視していたが、そのうちに人形の目を意識しないようになると、我に返ってその人形を元の場所に戻した。すると今まで意識していた氷室の視線を感じることがなくなったが、彼の方に視線を寄せると、彼はもうこちらを見てはいなかったのだ。
 今度は私が氷室に視線を浴びせた。彼は私の視線に気づいていないのか、物色をやめる様子はない。決してこちらと目を合わさないようにしているようにも見えたが、そこに他意があるようには思えなかった。自分に集中している様子は窺えたが、まわりを見ていないわけでもなさそうだ。
――自分が視線を浴びせた相手から、まさか自分が浴びることになるなどと思ってもいなかったんじゃないかしら?
 と感じた。
 自分がすることを相手にされるという状態を意識できる人は、結構少ないのかも知れない。それは何かの本で読んだことがあった。その本を読んだのがいつのことだったのか覚えていない。中学の頃だったのか、高校の頃だったのか、ただ、大学に入ってからではないと思えた。それほど記憶が最近のものではなかったからだ。
作品名:新しい世界への輪廻 作家名:森本晃次