新しい世界への輪廻
――どうしてこんなに明るいんだろう?
と思わせた。
明るさの理由はすぐに分かった。
――まるで波を見ているようだ――
乱反射を感じたことで、部屋の中にあるガラス工芸が最初に目に付いた。色がついているステンドグラスのようなカラス工芸もあれば、透明なワイングラスのようなものもたくさん置いてあった。
「これじゃあ、明るく感じるはずだわ」
主語がないので、私が何を言っているのか分かっているのか疑問だったが、氷室は表情を変えなかったことから、分かっていたのではないかと思えた。
明るさに目を奪われてしまったことで、さっきまで眠かったはずの瞼がシャキッとしていて、完全に目が覚めたような気がした。
「まあ、なんて素敵な光景なのかしら」
門司港で見たオルゴール館も明るくて綺麗だったが、それよりも何十倍という明るさを感じているような気がした。
「そうだろう? 僕も最初この場所に来た時、別世界に来たように思えたくらいさ」
ここに来て初めて口を開いた氷室は、笑顔でそう答えていた。その表情を見て、
――あれ? 氷室君て、こんな表情もできるんだ――
普段からあまり表情を変えない彼の表情にえくぼが浮かんでいるように思うほどの笑顔は、まるで子供のようなあどけなさが感じられた。
――子供の頃から知っているような気がする――
その時に感じた氷室の顔は、懐かしさというよりも、ずっと知っていたはずの相手を、
いまさらながら意識させられたような気がしたのだ。
「そうね。私もこんな世界が広がっていたなんて、さっきの部屋からは想像もできないほどだわ」
つい本音が出てしまったが、それ以外に表現のしようがなかった。マスターもその表情を見ながら、微笑んでいるようだったので、別に失礼に当たってはいなかったようだ。
「ここは、ガラス細工も目玉なんですが、オルゴールや人形も豊富に置いてありますよ。よかったら、ゆっくり見ていってください」
と、マスターから声を掛けられた。
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
というと、マスターは会釈をして、喫茶店の方に戻っていった。
その時、喫茶店にもアンティークルームにも、他に客はいなかった。私は少し疑問に思ったので、
「普段から、あまりお客さんはいないお店なの?」
と、氷室に小声で答えた。
「ええ、どちらかというと少ないですね。でも、儲かっていないわけではないようなんですよ。他にお客さんがいない時が多い人は、最初からいつも一人で、他の客に会うことがないという不思議なお店なんです?」
と、おかしなことを言い出した。
「それってまるで店が客を選んでいて、店が客の思いを忖度しているようじゃないですか?」
というと、
「そうなんだよね。面白いよね。僕もここに来る時は一人の時が多いんだけど、僕が帰った後に、少ししてから他のお客さんが来るようなんですよ。でも、その客が別に他に客がいても気にしない人であれば、同じように気にならない人が店に次々に入ってきて、賑やかな状態を醸し出すらしいんですよ」
「不思議ですよね」
「アンティークな雰囲気が、そういう状態を作り出すのか、それとも、この雰囲気が好きな客が集まることで、自然とそういう状況が生まれるのか、どちらにしても、ここの常連はそれが当たり前だと思っているようなんです」
夢のような話であったが、不思議とおかしな感覚はなかった。
――言われてみれば、それもそうだわ――
と、変に納得させられてしまう自分に気づいたのだ。
「ねえ、マスターが言っていたオルゴールやお人形を見せていただきましょうよ」
というと、
「うん、そうだね」
と、彼は素直に従った。
私は、いつの間にか氷室とずっと前から知り合いだったような感覚に陥っていたようで、まるで彼氏と一緒にいるような気分だった。彼氏どころか、人との関わりを自分から遮断していたはずなのに、どうした心境だというのだろう。
「こっちだよ」
と、氷室に言われて窓の近くに行くと、そこにはオルゴールがところ狭しと並んでいた。その横には大小の人形が置かれていて、
――どうしてすぐに気づかなかったのだろう?
と思ったが、やはり最初に眩しさというインパクトを植えつけられたことで、目がかすんでしまうような状態に陥ってしまったのだと気づいたのだ。
「わあ、こんなにオルゴールがあると、目移りするわね」
昔からある箱型のオルゴールから、いろいろな形を模様したおしゃれなオルゴールまであり、どれを取ればいいのか一瞬迷ったが、次の瞬間に、目が留まったオルゴールがあった。昔からのオルゴールで、まるで宝石箱にでもなりそうな感じで、王宮の女王様にでもなったような気分だった。
摘みを回して音を出してみた。
その曲は、ショパンの「別れの曲」だった。本来ならピアノ曲で、オルゴールになりそうなイメージはなかったが、実際に聞いてみると、その世界に引き込まれていくのを感じた。
「別れの曲がピアノ以外で聴いても、こんなに素敵だったなんて」
私はビックリして、氷室に語りかけた。
「僕も、この曲をピアノ以外で聴くのは初めてなんですよ。でも、この曲のこの感じ、僕は無性に懐かしさを感じるんだけど、どうしてなんだろう?」
と、氷室はそこまでいうと、目を瞑って、じっと聞き惚れていた。
最初に気になったのは私のはずだったのに、氷室の方が引き込まれてしまうと、さっきまでどうしてそのオルゴールが気になってしまっていたのか、分からなくなっていた。どこかで冷めてしまったようだ。
氷室は、何度もその曲を聴いていた。
私は、他のオルゴールを聴いてみたい気もしていたが、
――もし自分がここで他の音を奏でてしまうと、彼に悪い――
と感じ、彼が夢の世界から覚めるのを待ってみることにした。
そのうち、彼が聴いている曲をなるべく気にしないうようにしようと思えば思うほど、さっきまで冷めていた気持ちがもう一度盛り返してきたような気がした。
――やっぱり、この曲は最高だわ――
と感じていると、私も彼と一緒に目を瞑って曲を愛でていた。瞼の裏には何かが浮かんでくるというわけではなかったが、目を瞑って聞き惚れているうちに、時間が止まってしまうかのような錯覚に陥っていることに気がついた。すぐに目を開けると、彼はまだ目を閉じていて、私は、彼をそのままにしておいて、人形の方に目が移っていた。
私が気になったのは、昔流行ったことは知っていたが、見たことはない「リカちゃん人形」を思わせるようなフランス人形だった。
歩きながら見ているにも関わらず、その目はじっと私の方を見つめている。
――目で追っているようだわ。人形なのに――
と、薄気味悪さを感じ、その目を凝視したが、
――やっぱり人形の目っていうのは、気持ち悪いものだわ――
と、小学生の頃に友達の家で見た人形に感じた思いを思い出した。
私は女の子が好んで遊ぶ、
「お人形さん遊び」
をしたことがない。
親が人形を与えてくれなかったこともその理由だが、両親ともに、本当に人形は嫌いだったようだ。
「私は、ネコの目と、人形の目が大嫌い」
と、母親が話していたのを幼い頃に聞かされた。
その時は、