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短編集14(過去作品)

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 その中に無意識かも知れないが、家庭の不満も漏らしていただろう。掃除機の話もしていたであろうし、もっと突っ込んだグチも零していたかも知れない。私に話しやすい環境を作るのがうまい女で、巧みな笑顔や妖艶さで私に話をさせる。元々話したい願望や聞いてもらいたい気持ちが強かったので、自分からベラベラ喋っていたことだろう。あまり記憶にないくらい熱中して話していたので、どこまで話したか覚えていない。
 彩音は聞き上手だった。最初は何も言わずに聞いてくれる。それがまた私の口を雄弁にする。いくつか口を滑らせたことや、本音の部分で隠しておかなければならないことも話したであろう。それだけ彩音に心を許していた、いや奪われていたに違いない。
「あなたの苦しみは私の苦しみ、何とかしてあげたいわ」
 などといわれると、大袈裟に感じてしまい。思ってもいないことまで考えてしまう。
――ひどい女房なんだ――
 彩音を知ってしまった私にはそうとしか感じられなかった。
――こんな快楽、怖くなるくらいだ――
 女房との間での、比較にならないくらいの快感に、私は自分で怖くなってくるのを感じている。
 彩音が次第に変わってくるのを私は気付かなかった。完全に彩音のとりこになっていた私は、従順な彩音に対し優位に立っていることを確信していたくらいである。少々彩音が意見を言っても、それは私の考えの元だという自負があり、私の意見の代弁くらいにしか思っていない。それだけに彩音の意見は絶対だった。気がつけば私は彩音の意見を信じて疑わない男になっていたのだ。
 実に巧妙な女である。男心を熟知しているというのか、この私が手玉に取られているのだ。
 いったい彩音とはどんな女なのだろう? 最近気になるようになった。さすがに手玉に取られていることが分かってくると、彩音の素性が気になってくる。
――水商売といわれればそんな気もする――
 唇が怪しく光っているのを見ると、淫靡な部分が思い浮かんでしまう。それは女房には決して感じることのなかった感情である。そう、女房と付き合っている時にも感じたことなどなかった。
 私は彩音にそういう聞くに聞けない思いを抱いていたのだ。
 そのうちに彩音が本性を現してきた。結婚という二文字をちらつかせるようになったのである。私はそれほどリッチな生活をしているわけではない。普通のサラリーマンで収入が格別多いというわけではない。しかも親の遺産が期待できるという立場でもなく、金銭的に恵まれた生活をしているわけではない。
 彩音が私にささやく結婚というニュアンスは、決してその二文字を口にするわけではない。いかにも妻に苦しめられている私が可愛そうな立場であるということを強調し、その相談に乗ってくれている女性というのを見事に演出しているように見える。
 そうなってくると私は彩音の姿を立体として見ることができなくなった。その時々で違う女に見えてくるようになり、声と言葉、そして身体、それぞれが違う人間であるかのように感じてしまっていた。
 会社で嫌いな人というのは誰にでも一人や二人いるのではないだろうか。もちろん私も同じ部署にいる。しかし仕事をしている以上、無視するわけにはいかない相手である。かといって会話はしたくない。ではいったいどうすればいいのだろうか?
 私はその人を違う人間として判断することを思いついた。すべて同じ人間だと思うから腹も立つし苦しいのだ。怒り狂いたいのだが、それをするということは会社での自分の立場を著しく窮地に追いやることになってしまう。いろいろ考えての、仕事をしていく上の知恵だと思っている。
 会社では流れ作業のようなものがある。提案から審議、そして製作と販促、それぞれがうまく噛み合うことで一つのプロジェクトのような大きなものから小さな企画までまかなわれている。
 私はその人の後を受け継ぐ仕事をしているのだ。相手が出してきた内容に対して忠実にそして緻密に作り上げる仕事である。当然コミュニケーションが行き届いてないとうまくいくものではない。
 最初は普通に打ち合わせを行い相手の考えていることを聞いていて判断していた。自分としては忠実に考えを反映させていたつもりだった。しかしある日、
「あいつに仕事をさせると俺の意見が通らない」
 という話をしているのを偶然聞いてしまった。相手は私が聞いていたことなど知らないはずなので、いろいろと自分の意見を話していた。
「やっぱり感性が違うんだろうな」
 言いたい放題に話しているのが分かる。
「もういい加減にしてくれ」
 と飛び出して行きたいのを堪えるのに必死だった。
 人の意見も忠告や助言として聞く耳を持っていたつもりである。しかしその時の私にはそんな気持ちはさらさらなかった。
――完全にバカにされているんだ――
 と思い込んでしまって、引きこもりになってしまったのも事実である。
 本当なら、
――やっている立場が違うんだから、考えが違うのも当然、分かりもしないくせに言いたい放題いうんじゃない――
 と、割り切ればそれで済むことだった。
 しかし私が性格的にそこまで割り切ることができない人間だということを同時に思い知らされ、後は落ち込むだけしかなかったのである。
 そんな状況が数ヶ月続いただろうか? その間にいくつかの仕事を不本意だと思いながらも苦痛を感じながらこなしていた。それでもその間に何とか苦痛を回避できないかと、無い頭で一生懸命に考えていた。それで何とか一つの結論を導き出したのだが。それが気や文字、そして相手の表情や人間性を切り離して考えることだった。
――どうしてもっと早く気付かなかったんだろう――
 と感じたのも事実で、きっと自分の中でそれぞれの相手を受け入れる人格を形成するための時間が必要だったのかも知れない。
 いくら相手を切り離して考えたとしても、それぞれ違う見方をしたとしても、所詮は同じ人間である。私も一人の人間である以上、そのままであればいくら相手を切り離しても対応ができない。できるくらいなら苦しむこともなかったのだと思っている。したがって自分にもそれぞれ受け入れるいくつかの体制を整えなければならなかった。
 それは意外と難しいようで難しくはなかった。
 最初はやはり抵抗があった。自分の性格が多重人格になっていくことを自覚しなければならず、到底受け入れられるものではないと感じたからである。しかし、元々多重の性格だったのか、ある時期を越えると自然に受け入れられるようになっていった。きっと苦しみから逃れたいという気持ちが強かったのかも知れない。
 その日から私の性格も変わってしまったのだろうか? 会社の人間を見る目が変わったし、会社の人間の私を見る目も変わったことだろう。
 精神的に落ち着いてくると、性格的にも落ち着いてきたような気がするから不思議だった。気持ちの中にできた余裕、それが私に語りかける。
「いろいろ考えている時と考えないでいい時を見切ればいいんだ」
 それは前から感じていたことかも知れない。
作品名:短編集14(過去作品) 作家名:森本晃次