小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集14(過去作品)

INDEX|19ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 元々一人で呑むのが好きな私である。一人になりたい時間、特に夜など、会社の帰りに時々寄っていた。いつも軽く呑んで、短い時間を自分なりに過ごす。それだけの店だったのだ。
 馴染みというわけでもない。ほとんど話をする相手もおらず、ただカウンターで気配を消したように背を丸めて飲んでいるだけだ。ひょっとして後ろから見ると哀愁が漂っているかも知れない。
 話しかけづらいタイプとは私みたいな客のことをいうのだろう。哀愁を背中に漂わせて呑む客は少なくないだろうが、いつも一人でしかも手酌であった。スナックの女の子とも会話がなく、ただ呑んでいるだけの客は店側としては楽なのかも知れない。
 一人で呑んでいる客は気にはなるかも知れないが、それも最初のうちだけで、そのうちに誰も気にならなくなるだろう。まるで石ころのようなそんな存在に、敢えてなろうとしたわけではないが、結果としてなってみると、気楽なものだった。
 私は他のスナックも行きつけがある。そこは完全に自分を前面に出し、目立っている。店の女の子も私が来るのを待ちわびていて、見かけるとすぐに表情が和む。完全に我が家感覚である。
 初めて彩音を誘ったスナックを彩音はどういうイメージで見てくれただろう? ただ二人きりになれたことで喜んでいるのに違いないように思える。
 彩音が感じたもったいない時間、それが一緒にいくスナックにはあるのだろう。人とかかわることなく一人でいる時間、それこそが贅沢な時間の過ごし方なのかも知れない。
 彩音といてもそれは変わらなかった。時間が思ったより長く感じられた。いつもであればあっという間に流れていく彩音との時間、それは軽い空気を感じているからかも知れない。しかしスナックでの時間に重たさがあり、時間もゆっくりと流れている。適度な緊張感をアルコールが和らげてくれ、それが心地よい酔いとなって二人を包む。お互いに気分が昂ぶってきてたまらなくなると、お互いがお互いを求める。重たい空気に湿気が入り込む瞬間だった。
 そこに言葉はいらない。お互いに最高潮の気分に達すると、見つめあい、お互いの瞳の潤いに相手の気持ちを察するのだった。
「行こうか?」
「ええ」
 たったそれだけの言葉でお互いが欲していることを理解しあう。本当の大人の付き合いを感じるのだ。
 言葉がなくとも通じる気持ち、今までの私には信じられなかった。しかも感じる時間の長短を言葉によるものだけと感じていたのだ。それが空気の重さであると理解したのは彩音に出会ってからだろう。妻である良子にも感じたことのない感覚だった。
 ホテルに入ってからの時間はいつもあっという間だったような気がしていたが、空気の重さや湿気を感じるようになると、時間が長く感じられるようになった。そこに言葉はない。息遣いと見詰め合うだけで張り詰めたような空気、それだけが部屋全体に充満し、今まで忘れていた何かを思い出させてくれた。
 そう、初めての感覚ではない。
 どこで誰に感じたものなのかを必死で思い出そうとするが思い出せるものではない。同じ環境であるホテルの中で、同じように昂ぶりつつある気持ちの中で思い出すしかないのだ。そのまま昂ぶってしまった感情に負けてしまうとそのまま流されて結局分からないままなのだが、そこが悲しい性なのか、流されてしまう。最初に考えていた感情も、
――どうでもいいや――
 とまで思わせるもので、そう感じるだけの心地よさもかつて感じたことのあるものだった。彩音といる時の感覚は、すべてが私の思い出の中に封印してしまっているものにあるようで、その心地よさに酔っていたいのである。
 彩音を見ていると、時々何かを考えていることがある。
 思い切って聞いて見たことがあった。
「何を考えているんだい?」
 すると不思議そうな表情をしながら、
「考えているっていうのかな? 何かを思い出そうとしているのかも知れないわ」
 と私の目を見つめる。その目は訴えているようで、何か私に答えを求めているようにも見える。どう答えていいやらと思いながら、
「僕もなんだが、この心地よさは以前にも感じたことのあるような気がしてくるから不思議なんだよ」
「え? じゃあ私と同じなのかしら?」
 驚いた表情を一瞬浮かべた彩音だったが、すぐにいつもの私を見つめるような表情に戻っていた。
「そうかも知れない。でも本当に同じ感覚なんだろうか?」
 彩音に見つめられると何かが違うような気になるのだ。彩音の視線の先に本当に私が写っているのだろうか? 私の後ろにいる誰かを、私を透かして見ているようにも思えてくる。
 彩音はギクリとしたかのように、目を見張った。私の言葉が意外だったのか、それとも彩音自身考えていることの的をついたのか、とにかくビックリしたような表情である。しかしその表情は私の察知できる範囲内で、それほど驚きはなかった。
 いつ頃からであろうか、私は彩音に少なからずの変化を感じていた。私に対して常に従順だった彩音が意見をし始めたのである。
 最初は私も嬉しかった。やはり何かの話をしていても、ただ頷いているだけでは本当に理解してくれているのか不安で、何を考えているか分からないとまで思えてくる。意見を言ってくれることで自己主張が分かり、相手の考えが分かるのだ。
 それは将棋に似ているのかも知れない。以前こんな話を聞いたことがある。
「将棋で一番隙のないのはどんな布陣か分かりますか?」
 ウンチク好きの友達が聞いてきた。普段であれば敬語など使わずに普通に話してくれるのだが、ことウンチクを傾け始めると途端に敬語になる。これはその人の特徴でもあり、私には興味深いところだった。
「いや、ちょっとピンと来ないな」
 しばらく考えて私は降参し、両手を挙げた。すると友達は勝ち誇ったように、
「実はね。最初に並べた布陣なんだよ。そこから先は手の内が見えてきて隙が出てくる。それを考えると将棋一つをとっても、人間の考えの深さが分かるというものではないのかな?」
 思わず腕を組んで考え込んでしまう。確かにそうなのだ。きっと戦にあけくれた昔の人が考えたことなのだろう。その時また頭を擡げた言葉があった。
「風林火山」である。
 有名な武田信玄の旗印であるが、まさしく
「動かざること山のごとし」
 である。
 恋愛も人間関係もすべて当てはまるのではないだろうか。
 私はどちらかというと知り合って少しでも心が許せる相手だと思うと、自分のことや考えていることを相手に喋る方である。それは喫茶店であったり、スナックで酒を呑みながらであったり、時にはことが終わった後のベッドの中であったりする。
 彩音も私の話を黙って聞いてくれている。ことが終わって虚ろな目で見つめられると、何でも話したくなる心境に陥ることもしばしばだった。
「ねえ、あなたのことをいっぱい知りたいわ」
 などと囁かれると、調子に乗って話してしまう。男としては仕方ないだろう。そこへもってきて話すのが好きな私なので、そこからは時間の感覚が麻痺するほど、話し込んでしまう。
作品名:短編集14(過去作品) 作家名:森本晃次