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短編集14(過去作品)

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 女はそんな私の気持ちを察することができるのか、ベッドの中から私を見つめている。その顔は私を慕っているような顔をしているが、その実、煮え切らない私に業を煮やしえいるのかも知れない。
 私が妻のことをこの女、彩音に話したのは間違いだったのだろうか?
 一生懸命に聞いてくれるこの女、最初はそれだけの感情だった。とてもその顔は穏やかで、ただ聞いてくれるだけでも嬉しかった私に、聞き上手の彩音は、時には哀れみの表情を浮かべ、時には私を愛情で包んでくれそうな表情を浮かべていた。私はいつしか彩音にまいっていたようだ。
 初めて出会ったのは例の喫茶店だった。
 名前を喫茶「フィオーレ」という。芸術的な店で、いつかは寄ってみたいと思っていたある日、意を決して寄ってみたその時にいたのが、今目の前のベッドの上で無防備にも身体を曝け出している彩音だったのだ。

「ガランガラン」
 店に足を踏み入れようと開いた扉から、乾いた鐘の音が響いた。思わずその方向を見ると重たそうな厚い鐘が扉の上の方についている。
「どおりで鈍い音がするはずだ」
 そう呟きながら、低い音の余韻を楽しみながら店の中に入った。目に付いたのはカウンターで、木目調が私の目を惹いたのだ。
 カウンターに腰を下ろすまでにかなり時間が掛かったような気がしている。鐘に見とれていたのか、それともカウンターまでがかなり遠く感じたのか、とにかく重いわけではない足取りに、かなり時間が掛かった気がするのは不思議なことだった。
 テーブル席もあるにはあるが、アベックが何組か座っているのが見えるだけで、視線を向けようとは想わなかった。それよりもカウンターに座っている一人の女性が気になったといった方が正解だろう。
 彼女は白い服を着ていた。表の外装に似合いそうな白で、私が目を奪われたのも無理のないことだった。
 背が高いのか、少し猫背気味で、それが本当のネコを思わせ、少し女性っぽい仕草を感じていた。彼女は最初私の存在に気付かないのか、まったく動いているような感じを受けなかった。
 私の乾いた靴音が店内に響いている。天井が高いせいか、音響効果は抜群である。
 やっと気付いたのか、彼女がこちらを振り返った。少しだけ口を開いた表情が印象的で、いかにも驚いて振り返ったような顔だった。
 それが初めて見た彩音の顔である。
 今でもその表情は時々見ることができる。それが今もなお彩音のことが忘れられない最大の理由なのだろう。確かに妖艶で淫靡な彩音を忘れられないでいるに違いないのだろうが、最初の表情は夢に出てきそうで怖いくらいに私の中に焼きついているのだ。
 初めて会った日に、もう妻のことを話したような気がする。掃除機の話のように他人にとってどうでもいいような話からだったが、それが私にとっては重要であるということが分かってくれているのか、一生懸命に聞いてくれた。それが私には嬉しかったのだ。
「今日初めて会ったような気がしない」
「そうですね。ずっと前から知り合いだったような気がしますわ」
 それだけ気が合っているのだろう。
 それから私は定期的に喫茶「フィオーレ」に顔を出すようになった。きっとそこにいつも彩音がいるからだろう。
 彩音というのは本名だろうか? 時々感じたことがあるが、あまり詮索しようとすると彩音は悲しそうな顔になる。私としてもあまり詮索しようという気はない。彩音が教えたくなければ敢えて聞こうという気もないし、言いたくなれば言うだろう。お互いにあまり知らない方が幸せなのかも知れないし、少なくとも妻帯者である私にとっては、深入りは禁物なのかも知れない。
 喫茶「フィオーレ」で会っている分には楽しかった。お互いに趣味の話や仕事の話、あまり立ち入ったことまで聞かなければ、それはそれで幸せな時間である。
 しかしそれだけで満足できないのも男の性というべきだろうか? 悲しい性というもので、感じている時は悲しいという思いがないのは皮肉なことである。
 彩音にも最初から私に対しての特別な意識があるような気がしていた。会話が弾むのもそのためだろうし、初めて会った時に、
「ずっと前から知り合いだったような気がする」
 という気持ちだけで特別だったのだろう。
 それが最初から相手を求めることだったのかと言われれば、ハッキリとはしない。特に私の場合は「安らぎ」を求めてここにやってきたのだ。
「安らぎ」は漠然としたものだった。何も考えず、ただコーヒーを飲んで、何気ない時間をゆっくりと過ごす、これだけでもいいのだ。いや、それこそが私にとって貴重な時間、それだけに最初から彩音に心を奪われなかったのかも知れない。
 彩音は小悪魔のようなところがあった。従順ではあるが、しっかりと自分の気持ちを持っている。従順すぎる女は女房だけでたくさんだ。刺激のある女性をきっと私が求めているからだろう。次第に私の中で彩音の存在は大きくなっていった。
 会話の内容は、軽いものからヘビーなものまでさまざまだった。軽いものはさらりと流し、ヘビーなものはゆっくりと話す。しかし、ヘビーな話ほど終わってしまえばあっという間に時間が過ぎたと感じることはない。
「あなたといると時間の流れを感じないわ」
「それは皮肉かい?」
「いえ、そうじゃないの。本当に自然な心地よい時間が流れていくわ。もったいないくらい……」
 そういって少しうつむき加減になる彩音だった。
「僕もそのもったいない時間を感じてるんだ。でもそれも共有できる時間だから嬉しいと思うんだがね」
 これは本音だった。
――もったいない時間――
 それがキーワードだったのかも知れない。お互いに気持ちが求め合っていると感じたのがその会話の後だった。その後は何となく会話がぎこちなくなり、何を言っても軽い言葉にしか感じられない気がしたのだ。
 私はどちらかというと女心には鈍感な方である。女心だけとは限らないが、人の心を読むのが苦手だった。
 相手の気持ちばかりを考えようとするからであろうか? 相手の気持ちが分からないと自分の気持ちも分からなくなる時がある。そのため、あまり相手の気持ちを探ることを怖がっている自分がいたりもするのだ。
 しかし彩音に限っては違っていた。今まで良子と一緒にいて、あまり考えることのなかた私である。それなりに居心地はいいのだが、感覚の麻痺というのも感じていて、要するに刺激がほしいのだ。
 彩音は話の内容もそうなのだが、身体も仕草も十分刺激的だ。会話の度に髪を掻きあげる素振り、指で唇をなぞるようにしながら、乾いてくると舌で唇を舐めている。きっとそのどれもが無意識な行動なのだろう。そして相手に対して淫らな感情を起こした時の癖なのかも知れない。
 それから二人は急接近したようになると、スナックなども一緒にいくようになり、次第に一緒の時間が長くなっていた。
 スナックは私の行きつけ、ここならムード満点である。今まで女性を連れてきたことのにない私だったが、それを気にしている人がいない店である。気軽であった。
作品名:短編集14(過去作品) 作家名:森本晃次