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始まりの終わり

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 と、少し不安にも感じたが、すでに母親を蹂躙している時は感覚がマヒしていて、自分の思考をすでに凌駕していた。
 その女を見てから、母親を蹂躙している時、罪悪感のようなものがあったような気がする。元々、
――罪悪感などあれば、こんなことはできるはずがない――
 と思っていただけに、自分の中にある罪悪感にビックリさせられた。
 しかし、罪悪感とともに、違った感覚が湧いてきていることに気が付いた。
 それは今までに感じたことのない、まったく新しい感覚で、
――大人に近づいた証拠なんだろうか?
 と感じたが、本当は感じたくない感覚であると思った。
 大人になるということはいいことばかりではない。むしろ、ロクなことがない。ウソはつくし、自分より弱い人間には高圧的になるが、強い人間には卑屈になる。悪いことだと思っていても、してしまうこともあるだろう。大人に対してはそんな感覚が強かった。
 ただでさえ、母親に対しての蹂躙は、自分勝手な妄想が招いたことであるのは分かっている。
 やめられないのは、自分のせいでもあるが、母親のせいでもある。
――母親は、蹂躙されることを悦んでいる。そんな母親を息子としては見るに堪えないと思っているくせに、蹂躙することをやめられないのは、自分にも同じ血が流れていると思うことで、母親を見ていると、本当の自分が見えてくる――
 と思っているからだった。
 だが、それも都合のいい解釈だ。何をどんなに弁明しようとも、母親を蹂躙しているという事実から逃れることはできない。最初は軽い気持ちだった。もちろん、蹂躙するに至っては、
――自分に正直にならなければ、何も先が見えてこない――
 と思ったからで、母親から本音のようなものが聞ければそれでよかった。
 しかし、本音が聞けるわけでもなく、自分の言いなりになっている。そんな姿を見ていて、苛立ちを覚えてきた。
 最初に苛立ちを覚えたから、母親を蹂躙したのだと思ったが、苛立ちを覚えるまでに、段階があったのだ。母親を蹂躙している時、たまにそのことを意識することがあるが、すぐに忘れてしまう。やはり、興奮は自分の精神を凌駕してしまっているのだった。
 母親に感じた苛立ちは、考えてみれば奇妙なものだった。
 なぜ、母親を蹂躙しようなどと考えたのか、母親に対しての苛立ちの理由が分かれば、自分で納得できるだろう。
 しかし、理由など分かるはずはない。苛立ちも、母親に対しての蹂躙も、理由なんかないような気がしていた。
 しいて言えば、
「何か、見えない力に誘導されている」
 と言えるのだが、そこには見たことのない妹の影が見え隠れしているようで、洋一を悩ませた。
 それは母親も同じことのようで、蹂躙する者、蹂躙される者、立場は違えど、見つめている先には同じものが見えているに違いない。
「お母さんも、妹を見たことがないのかも知れない」
 とも思ったが、
「いや、自らで永遠に見ることのできないようにしたのかも知れない」
 そこまで感じた。
 もちろん、根拠があるわけではないが、父親がその頃からまったく帰ってこなくなり、母親も一切探そうとしなかった。二人の間に存在する溝は見えているよりもさらに深く、大きなものとなっているようだ。
 そこに、洋一の存在はなかった。あくまでも夫婦間の問題で、洋一が少しでも入り込む余地があったとすれば、母親を蹂躙しようなどという思いを抱くこともなかったかも知れない。
 洋一は、母親を蹂躙していた時のことを、定期的に思い出していた。二十代の頃には、自己嫌悪を抱きながら、自分の中にあるS性を信じ、怪しいクラブに通ったこともあった。片方では普通に彼女がほしいと願い、片方では、彼女というよりも、自分の本性に正直に生きる方を選びたいという気持ちが、自分を二重人格にしていたのかも知れない。
 三十代も後半になると、彼女がほしいという気持ちは次第に薄れていったが、それと同時に、S性も表に出てくることはなかった。
 陽と陰の性格を持ち合わせていると、どちらかが表に出ている時、どちらかが隠れているというのを想像するが、片方が隠れてしまうと、もう片方も表に出ようとする意志を失ってしまうようだった。
 洋一は、昔博物館で見た裸婦の絵を思い出していた。一人の女性が椅子に座って、じっと前を見ているのだが、その視線はじっと自分を見ている。少し横にズレても、ズレた方に視線が向いている。
「絵の世界というのは、見られるために生まれてきたようなもの。だからじっと見つめていると、絵に命が宿ったかのように、こちらの視線に反応するようになるのかも知れないな」
「見られている」
 という感覚が、見ている人間の視線を凌駕するというイメージであろうか。どこか濃い空気を感じるが、それを感じさせないために、博物館というのは、無駄に広い世界を保持しているのではないかと思うのだった。
 そんな無駄な広い世界が洋一は好きだった。
 別に好きな展示があるわけではなくても、ついつい足が向いてしまう時期があったが、それは無駄な広い世界を味わうためだったのだ。
 自分に妹がいるという話を聞いたのは、本当に偶然だった。母親も父親も、きっと洋一がそのことを知っているとは思っていないかも知れない。
 洋一が中学時代、学校から帰ってくると、洋一が帰ってきたことなど知る由もない両親は、お互いに罵り合っている。聞くに堪えない罵り合いは、まるで子供の喧嘩のようにも見えた。
 どうやら、父親の浮気がバレて、母親に罵られている。父親も売り言葉に買い言葉、言い訳から母親の悪いところを指摘しながら、抗戦している。
 しかし、どちらが優勢かは火を見るより明らかだった。男女の罵り合いは、最初に主導権を握った方が最後まで強いものだ。父親がいくら何を言って言い訳しようとも、母親にはかなわない。父親の声は次第に小さくなっていき、反対に、母親の声は激しくなっていく。
 そんな中で、母親の口から、
「あなたの子供」
 という声が聞こえてきた。
 最初は、何を言っているのか分からなかった。
――僕のことなら、あなたの子供なんて言い方はしないよな――
 もし、そんな言葉を使うのであれば、本当に自分が母親の子供なのか、即座に疑ってしまうに違いないと思った。
 ということは、
――自分のことを言っているのではない。別に父親の子供がいるのだ――
 と直感した。
 それが、浮気相手との間に生まれた子供だということに気づくまで、少し時間が掛かった。
 いや、本当はすぐに分かっていたのかも知れないが、すぐに分かってしまうと、簡単に認めてしまう自分がいるようで、悔しかった。自分の他に、自分の知らないところで弟か妹がいるなど、ピンとくるものではない。
「認めたくない」
 と思う以前の問題だ。
 そのことを思い出していると、以前博物館で見た裸婦の絵は、女性一人だったののではない気がしてきた。
「その裸婦は、子供を抱いていたような気がする」
 そして、そこに描かれた赤ん坊の顔が、どうしても思い出せない。表情はおろか、顔が思い出せないのだ。
――そもそも顔があったのか?
作品名:始まりの終わり 作家名:森本晃次