始まりの終わり
何も知らないだけに、余計な想像が妄想になっていく。まだ大人になりかかっていない子供ではあったが、下半身がムズムズしたのを感じた。
――何でこんな感覚になるんだ――
と、自分では何も感じていないはずなのに、身体を反応させた思いは、不快にしか感じられなかった。
こんな不快な思いをさせる両親をまともに見ることなんか、それからできなくなった。さすがに時間が経てば、だいぶ気持ちも和らいできたが、寝室にだけは入ることができなかった。
――汚らわしい――
という思いと、自分をこんな気持ちにした元凶が両親にあるというよりも、部屋にあるのだと思いたかった。人を憎むよりも場所を憎む方が、幾分か気が楽だというものだったからだ。
そんな寝室だったはずなのに、今度は自分が主導権を握り、母親を凌辱していると思うことは皮肉なことだった。
しかし、子供の頃、寝室をすべての責任にしたことで、自分が母親を凌辱するという行為を、
「この部屋のせいだ」
と思うことで正当化できるのだった。
寝室には、父親が隠し持っていた「女を凌辱するおもちゃ」があった、まさか母親も、自分の息子にそんなことをされるなんて、最高の凌辱に違いない。
「これは、俺をこんな気持ちにした母親とこの部屋に対する復讐なんだ」
と思っていたが、今まで憎んできたことのなかった父親がそんなものを隠し持っていたなんてという信じられない思いが、今度は自分の中に、昔からあった父親の変態的な性格が乗り移ったような気がした。
だからこそ、この部屋は余計に興奮するのだ。
母親を凌辱し、最高の羞恥を与えることが自分にとっての復讐だと思っていたが、実際にはそうではなかった。
最初こそ、恥辱に塗れて、今にも自殺してしまいそうに困惑した表情を浮かべていた母親だったが、その奥に、凌辱に対しての自らの本性が見え隠れしているのに洋一は気づいてしまった。
――いや、最初から分かっていたのかも知れない――
分かっていて、わざと母親の羞恥の表情に興奮していた。
――このまま凌辱に塗れさせれば、俺の心境はどんな風に変わっていくだろう?
その思いを確かめたくて仕方がなかったのだ。
「いや、やめて、こんなこと……」
「何言ってるんだ。悦んでいるくせに、この淫乱女」
と、罵声を浴びせる。
そのたびに、耳を真っ赤にして耐えている母親。少しは罪悪感が生まれるのではないかと思った洋一だったが、まったく浮かんでこなかった。むしろ、もっと恥辱に塗れた言葉を言わせたいという思いが溢れてきて、自分がどれほどの変態なのか、思い知ることになった。
――これは、母親だけに見せる一部分で、本当の自分ではないだけではなく、自分の身体を使って、誰かが操っているのかも知れない――
とさえ思えた。
だから、このことを記憶の奥に封印することはさほど難しいことではなかった。洋一自身、
――何かの弾みで思い出すんだ――
と感じるほど、自分の中の消すことのできない汚点であるという自覚はあるのに、どこか他人事のように、簡単に記憶の奥に封印することができたのだ。
洋一は、母親を凌辱しながら、何を想像していたのだろう?
確かに、何か他のことを妄想していたような気がする。目の前には恥辱を訴える母親がいるのに、実際にはどこか気持ちは違うところに行っていた。だからこそ、凌辱に対しての罪悪感もなかったのかも知れない。
だが、見えているのは母親の姿だけだ。時折、
――何て綺麗なんだ――
自分の母親でありながら、眩しくて妖艶な体の動きに目を奪われる。
――顔は?
思い出そうとしても、後からではどうしても、その時の母親がどのような恥辱の表情に包まれていたのか、映像として浮かんで来ない。
――こんな恥ずかしい表情を浮かべて――
と感じたことは覚えている。その感情に外れることのないほどの淫靡な表情は、それを見た時、
――絶対に忘れるはずなどない――
と思っていたにも関わらず、終わってしまうとまったく覚えていないのだ。
それは、その時間、つまりは悪夢とも言える夫婦の寝室で、母親に対して息子が凌辱を加えているという事実は別の次元だと思っているからだろう。
したがってこの事実を洋一は、ずっと隠そうとしてきたわけでもないのに、思い出すこともなかった。下手に忘れてしまおうと感じる時の方が、余計に記憶から封印することのできないものとして頭の中に永遠に残ってしまったことだろう。
母親を凌辱しているうちに、洋一は自分もこの両親の血が流れているんだということを感じ始めた。子供の頃に見た光景は、高校生になっても生々しく、本当であれば、普通の夫婦の営みだったのだろうが、成長とともに妄想も成長していた。
――あの時の行為は変態行為以外の何物でもない――
と思っていた。
結果としては、その通りだったのだが、垣間見た光景自体は、普通のノーマルだったはずだ。
大人になるにつれて、本当はそのことも分かっていたはずだった。それなのに、妄想だけが成長してしまい、洋一の中で妄想が感情を凌駕していた。
だが、子供の頃に自分が妄想していたなどということを、洋一は認めたくなかった。少なくとも妄想は思春期を超える時に生まれるものだと思っていただけに、妄想もできない子供の自分に、あんな行為を見せつけた両親が許せないというのが、その時の母親への凌辱行為に繋がったのだ。
だが、後悔などしていない。むしろ、自分の本性を見極めるという意味では避けては通れない道だったのかも知れない。思春期の妄想は誰もが持っていて、それを行動に移すか移さないかというだけの問題だった。
行動に移してからということが問題になってくるのだが、母親の悦楽な表情に吸い込まれてしまった自分が、もはや抜けられなくなってしまっていることに不思議な気がしていた。
もしあの時、母親に対して凌辱的な行為をしていなければ、どこかでその思いを発散させなければいけない。彼女ができて、彼女と普通の関係になることができれば、そんな凌辱な思いを奥に秘めたまま、死ぬまで表に出さずに済んだかも知れない。
それは洋一だけに言えることではなく、他の人のほとんどは、普通に恋愛して、そのまま妄想してしまった感情を抑えたまま、過ごしていくのだろう。
もちろん、生きていく上でいろいろな困難にも立ち向かわなければいけない。自分の感情という意味でも、夫婦生活の中でのいろいろなストレスをいかに解消するかが問題になってくる。買い物依存もあるだろうし、浮気や不倫もあるだろう。どちらにしても、神経が妄想やストレスを凌駕することができなかったために起こる問題だった。
母親に対しての凌辱は、半年と持たなかった。理由は、
「飽きてしまった」
というのが本当の理由だろう。
あまりにも刺激的なことで、すっかり嵌ってしまっていた洋一だったが、最初から刺激的過ぎて、それ以上の「ノビシロ」がなかったのだ。
――これ以上の興奮はない――
最初はその状況に溺れていたが、裏を返せば、
――それ以上を望むことはできず、あとは飽きるだけ――
ということになるのは、考えてみれば、目に見えていたということであろう。