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始まりの終わり

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 そんな思いがあることで、エントランス内にも前に来たのと同じ時に感じたようなざわざわとした雰囲気があったが、音は聞こえなかった。雰囲気としては喧騒としているのだが、洋一の頭の中は、真空の空間が広がっているだけだった。
「彩名と二人で、この博物館に来てみれば、どんな気持ちになるだろう?」
 そう思うと、広い空間の中に点在している、米粒のような存在にしか感じない人間を一人も感じることはないだろう。どんなに人がいたとしても、この空間は彩名と自分の二人きりだと思うに違いないと感じていた。
 だが、実際に博物館の中にいる彩名の顔を思い出そうとすると、思い出すのはこの間のスナックで感じたのっぺらぼうだった。
「もう一人誰かいる?」
 そう、のっぺらぼうになっている、
「もう一人の自分」
 を感じずにはいられなかった。
 どうやら、最近の洋一は、誰か気になっている女性を思い浮かべたり、凝視しようとすると、もう一人の自分を感じてしまうようになっているようだ。そこには、普段感じることのない感覚が、考えすぎることによって引き起こされるマヒによって、妄想にも似た「もう一人の自分」
 を作り出しているのかも知れない。
 彩名と二人で会うようになって、最初の頃は、一緒にいない時も彩名のことを思い浮かべていた。妄想することがこんなに楽しいということをいまさらながらに思い知らされたからだったが、次第に、妄想もしなくなった。
 妄想も、有頂天になった状態でしていると、次第に飽きてくるようだ。飽和状態の中で妄想してみても、その先に見えるものは、
「マヒしてしまう感覚」
 ではないだろうか。
 洋一は、彩名の幻想を飽和状態の妄想に閉じ込めてしまっていたのだ。

第三章 母親の影


 洋一は母親を思い出していた。母親はすでに他界していたが、洋一は高校生の頃から母親に対して敵対心を抱いていて、ほとんど家に帰らなくなっていた。思春期によくある反抗期だと言ってしまえばそれまでなのだろうが、家に戻ってからも確執はひどく、一緒にいる方が却ってまわりの人も息が詰まることだっただろう。その思いを見越してか、洋一は大学を都会に決めて、家を出て一人暮らしを始めた。
 父親もその頃にはあまり家に帰ってこなくなっていて、たった三人の家族は完全に離反していたと言ってもいいだろう。
 父親と母親は、完全にすれ違っていた。もちろん、理由は一つではなくたくさんあったが、その中には洋一の反発も入っていた。しかし、それは結果論であり、洋一が母親に敵対するようになったのは、両親のすれ違いが原因でもあったからだ。
 すでに高校入学の頃には両親の確執は表に出ていた。高校入試という目標があったので、中学の頃は両親の確執にそれほど意識はなかったが、高校に入学して精神的に落ち着いてくると、両親の確執が次第に精神的に圧迫を始めた。
 最初は、
「何かイライラする」
 その原因を特定できなかったのだが、それはまだ高校入試の後遺症からか、思考することに少し戸惑いがあったのだろう。
 しかし、両親の会話が極端に少ないこと、そして、お互いに目を合わせることがまったくないことに気づくと、凍り付いた空気が家中に蔓延していたのだ。
――どうして、すぐに気づかなかったのだろう?
 それでも一度そのことに気づいてしまうと、二人を憎む気持ちが生まれてきた。
――でも、どっちを強く憎めばいいんだ?
 と考えてみると、その答えはなかなか見つからなかった。どちらも同じように憎むということは、洋一の精神的に耐えられないものがあった。まだまだ子供だからなのだろうか、それとも、思春期なるがゆえなのか判断はつかなかったが、どちらを憎むかということを早く決めてしまわなければ、今度はこっちがやられてしまうのだ。
 答えは母親に決まった。
 一番の理由は、
――いつもそばにいるからだ――
 というものだったが、普段は会社にいて憎むにも相手がいないのであれば、これも自分には耐えられないからだった。
 母親とすれば、これほど理不尽なことはないのかも知れない。自分は悪くないと思っているのか、それとも少しは自分が悪いという思いがあるから、お互いに気まずい雰囲気を保ったまま、最悪の均衡を保っているのではないだろうか。
 洋一は、高校時代から母親を目の敵にしてきた。それはまるで軍隊が仮想敵国を持っていないと、士気を保っていくことができないような感覚に似ている。
「特にずっと一緒にいて、一緒にいるだけでストレスを感じるのであれば、目の敵にするしかないではないか」
 と考えていたのだ。
 やり方は単純で、露骨なものだった。血を分けた母親にしかできないことであり、母親だからできるのだと思っていた。
 立場は完全にこっちが上。少しでも相手に弱みを見せるわけにはいかない。ある意味、これもストレスをため込むことになるのだろうが、逆にそれだけ神経を張りつめていなければいけないということであり、自分にとっての活性化にも繋がる。
 活性化は、精神的なストレスを解消させる力もあるが、元々、そんなストレスなどを生むことのない力にもなりうるのだ。
 母親は決して洋一に逆らうことはなかった。洋一はそれをいいことに、母親に対して凌辱的な気持ちになっていった。元々そんな気持ちを自分の奥底に隠し持っていたのかも知れない。
――こんな気持ちは決して他の人に悟られてはいけない――
 自分の中の最大の機密事項であり、父親にも知られてはいけないと思っていた。
 自分の中にそんな恥辱な気持ちが潜んでいたなど、最初は自己嫌悪だった。しかし、それも、
「母親が悪いんだ」
 と母親のせいにすることで、すべて自分を納得させられていた。
 母親に対しての凌辱は、まず、相手を母親であるという思いを消すことから始まり、女であるという思いも打ち消すことだった。
 母親という思いの中に、女としての感情は生まれないと思っていた。もし、生まれるのだとすると、自分では決して許すことのできない恥辱にまみれた自分を許せなくなる思いであり、鬱状態に陥ったら、立ち直ることのできないことになってしまうと思っていた。
 それは昼下がりから夕方にかけての日常の中のことだった。
 両親の寝室に洋一は入り込む。今までは絶対に入ることはなかった。小学生の頃にも決して入ったことのないその部屋。どうして洋一が入りたくないと思っていたのか、母親などに分かるはずもない。
 洋一が小学三年生の頃だっただろうか。彼は見てしまったのだ。
 ベッドで一糸纏わぬ姿でじっと横たわっている父親を、同じように一糸纏わぬ姿で、身体をくねらせながら、父親の身体の上でいやらしく呻いていた。
 もちろん、小学三年生に夫婦の営みなど分かるはずもない。その姿を見た時、
――いやらしい――
 などという思いを抱いたわけではなかったが、それよりも、
――威張っている父親に母親が奉仕している――
 というイメージだけが残った。
 その感情は当たるとも遠からじだったが、言葉以上に、想像していることは実際とはかけ離れていた。
作品名:始まりの終わり 作家名:森本晃次