小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

始まりの終わり

INDEX|15ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

「変革の時代」
 と言ってもいいのだろうか。
 これは、洋一の会社だけに言えることではないと思うが、一般的にも同じであろう。
 内部の切りつめがある程度の成果を見せ始めると、今度は、また表に向かって営業を開始する。
 時代はサービス業を中心とした時代に向かっていることもあり、営業の相手も以前とは変わってきている。
 さらには、バブル時代の教訓もあり、やたらとお金を使うことは禁止だった。
 接待なども、基本的には最低限に留められ、今まで営業畑しか知らなかった人間には、大変な時代だった。
「いかに頭を切り替えられるか」
 それが、この時代を乗り切っていくための方法であった。
「敵は己にあり」
 そんなことを言っていた営業の人もいたが、それがその人の捨て台詞となり、会社を辞めて行った。
「分かった時には、すでに遅し」
 だったのだ。
 ちょうどその頃、洋一も馴染みのバーを見つけていた。
 馴染みと言っても、気が向けば行く程度で、店の人と会話をすることもなく、一人で飲んでいた。
 スナックのように、カウンターの向こうに女の子がいて、会話を楽しむというわけではない。バーというと、おいしい料理を食べながら、ゆっくりとお酒を呑むには一番いいところだと思っていたが、まさにその通りだった。
 当時洋一は、三十代後半に差し掛かった頃だった。バブルが弾けたツケも、そろそろ収まりかけていた頃だったので、移動になった管理部でも、仕事もだいぶ覚えてきて、落ち着いた頃だった。
 本当の忙しさはそれから少しして訪れたのだが、それまで一時の充電期間だったと思えばよかったのだろう。
 その期間は、二年くらいのものだっただろうか?
 その期間は、結構長く感じていたが、過ぎてしまうとあっという間だったような気がする。
「人生の機転としては大きな時期だったのだろうが、過ごしていた自分はほとんど何も考えていなかったような気がする」
 と、後から思えば感じるのだが、
「一番、何かができるかも知れない」
 と感じた時期でもあった。
 バーでゆっくりしていると、時間が経つのが早かった。他に客がおらず、店に入ってから、勘定を済ませるまで一人だった時と、他に客がいる時とでは、ほぼ半々くらいだっただろうか。客がいると言っても、一人か二人、それ以上の人が店にいたことを、ほとんど見たことがなかった。
――よくこれで店をやっていけるな――
 と感じたほどだったが、客が少ないのは、洋一にとっても望むところ。他に誰か客がいたとしても、ほとんど会話はない。注文する時に声が聞こえるくらいで、ほとんどは店内にはBGMが流れている程度だった。
 そのBGMも、気にしなければ音楽が流れていることを意識させないほどの音量で、
――俺は、何も考えていないようで、結構ここではいろいろ考えているんだな――
 と思わせた。
 一人でいる時の方が、いろいろ考えているという当たり前のことを、いまさらながらに思い知ったのも、この店に来るようになってからだった。
 BGMの音量も、眠くなりそうなほど静かだった。
 確かにイージーリスニングが流れていることで、音楽に対しての意識はない。逆にひとたび意識してしまうと、耳がこそばゆく感じられるほど、音楽に対しての意識が深まっているようだった。
「これがバーの雰囲気なんだ」
 夏の暑い日でも、冬の寒い日でも、店内は変わらず快適だった。ただ、急に暑さを感じることがあったのだが、そんな時は、普段何も考えていないつもりでも、やはり何かを考えているのだということを唯一感じさせられる時間だった。
 BGM以外でも、自分が何かを考えているということを意識できる時間があるのだと、感じさせられたのだ。
 そんなある日、先客がいることに、扉を開けた瞬間気が付いた。後姿から、その髪の長さで、その人が女性であることはすぐに分かった。
 バーのカウンターに、女性が一人というのは珍しくもない。またこれ以上絵になるものもない。
 カウンターに両肘をついて、無造作にグラスを口に持って行っている。気だるそうな雰囲気に、何を考えているのかまったく想像もつかなかったが、時々ため息をついているようで、あまり気分のいいものではなかった。
――どうせ失恋でもしたんだろう――
 と、なるべく女を気にしないようにしていた。
 洋一はカウンターのいつもの席に腰かけてから、彼女の方を一度も振り向こうとはしなかった。
 洋一の指定席というのはカウンターの一番奥、そして彼女の座っているのは、カウンターの一番手前で、入り口の一番近くだ。だから、扉を開けた瞬間に、その後ろ姿が目に飛び込んできたという寸法だ。
「はぁ」
 ため息の感覚が少し短くなってきた。何かを思い出しているのだろうが、ため息は無意識に出ているに違いない。
 ため息のたびに口に持っていかれるグラスも溜まってものでもないだろう。せっかく女性が口をつけてくれているのだから、ため息交じりの酒に付き合わされるのは、まっぴらごめんだと言いたいに違いない。
――まるでドラマでも見ているようだ――
 元々、洋一がバーを探したのも、一人でゆっくり飲むのにはバーがいいと感じさせたのは、ドラマで見てからだった。
 一人で孤独に飲んでいても、それなりに絵にはなる。寂しそうな哀愁を醸し出しているその姿は、後ろから見るのがふさわしい。
――どんな顔をしているのだろう?
 想像するのがちょうどいい。下手に最初から顔が分かってしまうと、その表情から、生まれる想像は、範囲が限られているように思う。
「最初の想像は限られていないところで繰り広げたい」
 つまりは、妄想したいのだ。
 最初は後姿が印象的だった。横に座って顔を覗き込むと、それなりの表情を感じたが、何を考えているのか分からない。思わず顔を背けると、今度は、もう一度顔を向ける勇気がなくなっていた。
 すると、最初に感じた、
「それなりの表情」
 が、思い出せなくなってしまった。
「もう一度覗き込みたい」
 という思いはあるにも関わらず、覗き込んでしまうと、今後、二度と彼女に会うことはないような気がしてきたのだ。
――もし顔を覗き込んでしまうと、そこで満足してしまい、二度と会えないと思っても、別にかまわないと感じるに違いない――
 この思いが一番嫌なのだ。
 それは、どこか自分の中の諦めに通じるものがあった。
 その時、洋一は、自分が何か諦めたり捨てたりしなければ、手に入れることのできないものがあることに気づいていた。そのどちらもハッキリとしないので、
「捨ててでも手に入れる方がいいのか?」
 あるいは、
「手に入れるために何かを捨てるのは、リスクが大きい」
 と感じるのか、迷っていた。
 しかし、洋一は後者だった。
 手に入れるために何かを捨ててしまうことが、一番自分の中で後悔することを生んでしまうと思ったからである。
 実際に今までの自分の思考パターンは、保守的だったことに気が付いた。
 何かをすることで前に進めるにも関わらず、勇気を持つことができずに、前に進むことを敢えて自分で拒否してしまうという結末だ。
作品名:始まりの終わり 作家名:森本晃次