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始まりの終わり

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「必要以上に人に合わせることを意識してしまうのは、無意識に自分が人に合わせていることに気づいているからなのかも知れない」
 と思っているからだ。
 気が付けば、急に我に返っていることがある。我に返るということは、それまでの一部の記憶が失われているからであり、何を一体それまで考えていたのか、不安で仕方がなくなる。
――記憶のない間、果たして自分の理性は、自分の考えを抑えていることができたのだろうか?
 つまりは、普段は本能で抑えることができる。それは理性を本能が理解しているからである。
 しかし、記憶を失っている間、自分の本能は、果たして自分の思っているような行動を取ってくれるであろうか?
 そう思うと、理性が効いたのかどうか、分かりかねるところがある。
 洋一は、我に返ることが年を取るにつれて増えてきたような気がしていた。
――人間の記憶領域には限界があり、ある程度年齢を重ねてくると、古いところからどんどんと忘れていくようになるのではないか?
 と感じるようになっていた。
 それに伴い、記憶する力にも陰りが見え始め、それと同時に、思い出す力も衰えてくる。それを単純に、
「年だから」
 ということで解釈してしまってもいいのだろうか?
「記憶すること、忘れないこと、そして、思い出すこと、それぞれの機能のうち、一番衰えさせたくないものは、どれなのだろう?」
 洋一は、そう考えるようになっていた。
 若い頃であれば、
「記憶すること」
 だと答えるだろうが、今では、
「思い出すこと」
 と答えるかも知れない。
 年齢を重ねてきて、後ろよりも先が見えてくるようになると、記憶することよりも、思い出すことの方が重要に感じるようになってくる。ただそれも、本当に先が見えてくるからなのかも知れない。思い出すことを重要に感じるようになるのは、その人にとっての危険信号と言えるのではないだろうか。
 洋一は、思い出すことが大切だと感じるようになってから、急に学生時代のことを思い出すようになった。
 きっかけは、夢を見たからだった。
 その夢が楽しい夢であったのなら、そこまで意識しなかったのかも知れないが、見た夢というのは、不安に感じていたという夢だった。もっとも、
「夢というのは、悪い夢ほど、目が覚めるにしたがって、忘れていかないものだ」
 と言うではないか。
 洋一にとって学生時代の思い出は、あまりいいものではなかったということなのかも知れない。
 そういえば学生時代のことを思い出すなど、四十歳を超えてからあまりなかったことだ。むしろ、学生時代のことは思い出したくないと思っていた。その理由として、
「先が見えていると思い始めたからではないだろうか?」
 と思っている。
 そんな時に、過去を振り返るのは怖いことだ。まるで敵に背を向けるのと同じ感覚ではないか。今から思えば、四十代に比べて五十代の方が楽しく思えてきた。それは四十代の暗い時代があったことで、まるで開き直りのような五十代がやってきたからだと思えてきた。
 そんな学生時代のことを思い出させてくれるきっかけになったのが、彩名の存在だった。もし、彩名以外の若い女の子と話をしていたとして、自分の学生時代のことを思い出したいという思いはあったとしても、果たして思い出すことができたかどうか怪しいものだ。
 いや、あながち思い出せたとしても、その記憶が正しいものなのか、疑わしい。
 彩名と一緒にいても、思い出したことが本当のことだったのかどうか分からないが、思い出したくないことまで思い出してしまったということは、信憑性は高いと思ってもいいだろう。
 逆に思い出したくないことを思い出してしまう時、そばにいたのが彩名だったということが大切なことだと思っている。
「大切なのは思い出すことであって、思い出す内容ではない」
 これがもっと若い頃であれば、内容が問題だったのかも知れないが、そのことを感じさせてくれたのも彩名という女性だったと思うと、
「この出会いには、運命的なものを感じる」
 と思うのも、無理もないことである。
 元々、洋一は学生時代のことを思い出したくはなかった。思い出したくないものがあり、それが出来事だったのか、それとも、人間だったのか定かではない。しかし、思い出すにしたがって、それが人間だったのだということが分かってくると、
「思い出したくないことというのは、出来事が多いように思うけど、本当は誰か知っている人の方が多いのではないだろうか?」
 と思うのだった。
 彩名と知り合ってしばらくしてから、洋一は会社の部下とスナックに立ち寄った。真面目だと思っていた部下だったが、スナックに行くと饒舌になる。その日を境に彩名としばらく距離を置くことになったのだが、どうして距離を置く必要があったのか、後になって考えてみたが、考えれば考えるほど、おかしなものだった。

第二章 スナックの女

 部下はそのスナックの常連のようで、会社ではほとんど寡黙な雰囲気が一変したのには、さすがにビックリした。仕事場では静かでも、仕事が終われば急に張り切る人は昔からいた。今では死後になっているが、洋一の若い頃には、「五時から男」と言われる人がいたのも事実だ。
 高度成長時代から、バブルの時代までは、仕事人間が多かった。バブルが弾けると、今度はリストラの時代に入り、それと並行し、仕事ばかりしかしてこなかった人間の悲哀が露呈し、サービス産業が盛んになった時代があった。
 その頃になると、会社としては、経費節減のため、リストラによる人件費削減と、残業をさせないことを考えるようになった。
 そのため、仕事人間が趣味に勤しむようになり、
「これからは、サービス産業だ」
 と言って、サービス産業が盛んになってきた。
 都会のスナックのように、高級な店よりも、場末の大衆スナックの方が景気がよくなったのか、仕事が終わってから、おのおので呑みに行くようになって行った。
 他の会社がどうだったのかは詳しくは分からないが、洋一の会社では誤字を過ぎると、皆蜘蛛の巣を散らすように会社を出て、あまり誰かとつるむこともなく、自分の時間を過ごしているようだった。
「仕事が終わってまで、会社の人と一緒にいたくない」
 という思いもあるのだろう。
 バブル時代のような接待があるわけでもない。しかも、バブルが弾けてからの洋一は、それまでの営業部から管理部へと、部署替えになった。
 営業が好きだったわけではないので、ありがたかったが、最初は戸惑ってしまい、何から手を付けていいか分からなかった。
 元々営業部と管理部とではどこの会社も同じなのだろうが、犬猿の仲。それまでの自分が正しいと思っていたことも、立場が変われば、正反対の目を持つようになった。
 そんな自分が嫌でたまらない時期もあったが、それでも何とか管理部の水にも慣れてきて、
「営業よりもやりがいあるかも知れないな」
 と思うようになっていた。
 特にバブルが弾けてからというもの、営業活動よりも、内部の切りつめが優先になる。本人の望む望まないは別にして、いつの間にか、会社の重要な部分に置かれてしまっていた。
 それから数年してから、社会は目まぐるしく変わる時代を迎える。
作品名:始まりの終わり 作家名:森本晃次