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始まりの終わり

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「相乗効果という言葉があるけど、一足す一が、三にも四にもなることがある」
 そう自分に言い聞かせていたが、まさしくその通りである。
 洋一もこの時とばかりに会話が弾んだ。
「こんなに会話が楽しいなんて、何十年ぶりなんだろう」
 というと、
「そんな大げさな」
 と、彩名に言われたが、なまじ大げさでもなかった。
――こんなに楽しい会話って、いつぶりだろう?
 と思うと分からないが、
――最後に楽しい会話をしたのって、いくつの時のことだったんだろう?
 と思う方が、実感が湧いた。
――そう、あれは、まだ三十代だった。後半だったように思う。そう思うと、すでに十年以上は経っている。さらにそれを思い出せないということは、実際の年月よりもはるかに遠い昔をイメージしている。そう思えば、何十年ぶりという言葉もまんざらではなかったのだ。
 彩名は、学校では保育士を目指して勉強しているという。確かに雰囲気は、
「幼稚園の先生」
 という言葉がピッタリで、エプロン姿で作業している姿が思い浮かんできた。
 ずっと一人でいたので、自分の子供のことを想像することもなかった。自分が子供時代に戻って見上げる姿、それ以外に想像できるものではなかった。
 だが、そのイメージもすぐに消えた。彩名への想像は、これから先のことというよりも、今まで彩名が育ってきた雰囲気を思い起こすことの方がイメージできた。過去の彩名を知っているわけではないので、未来のことも過去のことも同じくらい想像力を働かせないとイメージなど浮かんでくるはずもないのに、どうして過去なのか? 洋一には、彩名の過去が今は見えていなくても、知り合っていく上で見えてくることを信じて疑わなかった。
 彩名と話をしていると、面と向かって話しかけてくる時の目力に、
――どこかで感じたことがあるような気がする――
 と思った。
 最初は、自分の過去をずっと遡っていったが、どうにもそのイメージに近づくことはできなかった。遡るスピードが速すぎるというのもあるのだが、それ以上に、まったく自分の中でときめきを感じないのだ。
――急いで通り越してしまった?
 とも思ったが、どうもそうでもないようだ。
――本当は、ごく近くに感じられるもののようだ――
 そんなに時代を遡るものではなく、それよりも、今の時代で、自分が近寄りがたい存在だとするならば、もう少し違った目で見ることができるかも知れない。
――そういえば、最近、アイドルに興味を持ち始めていたな――
 アイドルのMVを見ていたりすると、引き込まれそうになることがある。それが目力によるものだということをすぐには分からなかったが、今、彩名と面と向かって話をしていて、ドキドキする感覚は、アイドルに見つめられた時をイメージした時と同じだった。
――五十歳を過ぎて、アイドルに興味を持つなど、やはり僕はヲタクだったんだ――
 三十代の頃までは、アイドルのおっかけをしたり、アイドルにうつつを抜かしている若い連中を見て、
「この国の行く末を思うと情けない」
 と思ったものだが、その裏には、
「俺は決して、あんな情けないことはしない」
 と思いながらも、集団意識を認めたくない自分がいたのだ。
 今では、
――何がこの国の行く末だ――
 と、こんな自分がこの国のことを語るなど、ちゃんちゃらおかしいとでも言いたかったのだ。
 アイドルにうつつを抜かす若い連中に情けなさを感じているわけではなく、アイドルの応援というのは、集団意識の中にある気持ちを、表に出さないようにしようとする意志が含まれているように思えて、その思いがアイドルにうつつを抜かしている姿よりもまわりに知られるのが恥ずかしいことだという意識を持っていることに気づいているのに、あくまでも隠そうとしている姿が、洋一には許せなかった。
 自分はもちろんのこと、他の人であっても、自分の前に存在している感情を、言い訳なしに覆い隠そうとする行為が、却ってわざとらしく感じられ、気持ちの悪い思いを残すことになったのだ。
 言い訳ではないが、洋一は、
「俺が最近アイドルに興味を持つようになったのは、彩名に出会うための前兆のようなものではなかったのだろうか?
 と考えるようになっていた。
 アイドルに興味があるなどということを、本当であれば恥ずかしくて口に出すことはできないはずなのに、自分がアイドルに興味を持ったことに対して話をしたくてたまらない時期があった。
「ええっ?」
 と言われて、驚かれるというそれだけでよかった。逆にそのことを突っ込まれると、何と返事していいか分からなくなる。相手が起こしたリアクションがどのようなものなのか、それを考えることが楽しいのだ。
 ただ、年齢を重ねてくると、あまり恥ずかしさも感じなくなるのも事実だった。
 若い頃のように、アイドルに興味があるなどというと、
「ヲタクじゃないか」
 と言われ、それだけで罵られているようにしか聞こえない。
――特に女性には知られたくない――
 という思いがあり、次第に口数も少なくなっていく。
 そういえば、大学時代に極端に会話が少なくなったことがあった。
――何を話しても、相手には分かってもらえない――
 と考えている時期があり、どうしてそんな気持ちになったのか、自分でも分からなかった。
 ちょうどその頃、人生で初めての躁鬱状態に罹っていた。最初は躁状態から始まった。そのことはハッキリと自覚している。そして、躁状態が終われば、どうしようもない鬱状態に陥ることも分かっていた。そして、その二つがしばらくの間、繰り返すということも分かっていた。
――もう、この状態から抜けることはできない――
 諦めの境地と言ってもいいのか、抜けられないと意識しても、別に苦痛ではなかった。まるで他人事のように冷静で、ただ、笑い方は完全に忘れてしまっていた。
 三十歳代後半になると、躁鬱状態に陥ることはなくなっていた。三十代前半は、何度となく躁鬱状態を繰り返していて、まさか、そんな簡単に躁鬱状態ではなくなるなど、想像もつかなかった。
 三十代後半になると、一気に自分の心境が変わってきた。
 一番大きかったのは、それまで感じていた結婚願望が、音を立てて崩れていき、寂しさという感情に違和感がなくなってきたことだった。
 だが、それでも女性を求める気持ちは変わっていないような気がした。それは恋愛感情というものではなく、本能からの欲求が表に出てきたからだろう。本能からの欲求は元々そこにあったもので、いまさら湧き出してきたものではない。恋愛感情が消えたことで、表に出てきただけのことなのだ。
 年を重ねるごとに、気になる女性の年齢が下がってきた。三十代中盤までは、同い年くらいの女性を意識していて、五十歳を超えて気が付けば、高校生や大学生の女の子が気になってきた。
――きっと優しくしてくれるかも知れない――
 そんな思いがあったのも事実。だが、あくまでも感情としては相手に求めるものではなく、こちらが与えるものであると思っていた。
 アイドルを気にするようになったのは、そんな思いからなのかも知れない。若い頃であれば反対に、
――アイドルから与えてもらおう――
 あるいは、
作品名:始まりの終わり 作家名:森本晃次