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始まりの終わり

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 と答えたが、それまで、女性から好かれたことのない洋一だったので、思ったまま答えたが、その時の答えが、洋一にとって軽いトラウマになって残ってしまおうとは、思ってもみなかった。
 その時の女の子と、半年ほど付き合った。
 実はそれまで洋一は女の子と付き合ったことはなかった。いつも女の子と腕を組んだり手を繋いだりしている友達を羨ましく見ていた。その感情は押し殺すようなことをしなかったのだが、他の人から指摘を受けることもなかった。
――自分で隠そうと思っていることほど、まわりには悟られやすいのかも知れないな――
 そんなことは中学時代から分かっていたかのように今では感じるのだが、実際にそう思ったのは、大学に入ってすぐくらいの頃のことだった。
――自分が意識していることで、つい最近のことだったように思っていると、結構前のことだったり、逆に子供の頃に感じたことだと思ったことでも、本当はごく最近感じたことだったりするのかも知れない――
 と感じるようになっていた。
 大学時代に読んだ青春マンガのセリフの中に、
「好かれたから好きになるんじゃなくて、好きだから好かれたいんだ」
 という言葉があり、印象的なセリフとして頭の中に残っていた。
 そのマンガを読んだのは、自分のことを好きになってくれた女の子と付き合い始める一年くらい前だったように思う。マンガを読んだ頃は、
「印象的な言葉だ」
 として頭に残っていて、それが当たり前だとは思わなかった。
「いくつかある考え方の一つ」
 として頭の中に残っていた。もし、それを当たり前のことだという意識を持っていれば、もっと前から、
「好きになってくれた女の子が自分の好みだ」
 と、意識するようになったかも知れない。
 もちろん、マンガのセリフとは矛盾している。矛盾しているからこそ、余計に気になってしまい、自分のことをもっと深く顧みることになるだろう。自分のことを意識するというのは、そういうことなのかも知れない。
 喫茶店の女の子に話しかける勇気はその日には持てなかった。
「通っていれば、そのうちに機会があるさ」
 と思っていた。
 週に二回ほど通うようになると、常連の域に達するまでには、さほど時間が掛からなかった。
 ただ学生時代に、通っていた店で、
「俺は常連の一人なんだ」
 と思っていたのだが、実際には自分が感じている常連とは少し違っていた。その理由は、自分が思っていたよりも常連が多く、ぶっちゃけ、客のほとんどは常連だった。確かに常連の多い店は嫌いではなく、自分もその一人だと思うと嬉しくなるのだが、常連が多い店というのは、えてして洋一が懸念しているところが多いのも否めない。それは、
「常連の中に派閥がある」
 ということだった。
 しかし、この店は派閥が存在するわけではなく、どちらかというと、政治でいうところの一党独裁型だった。
 常連に派閥はないのだが、一人の人を頂点に成り立っていて、一人だけで常連というのが存在しない雰囲気だった。一人だけの常連になりたいのであれば、他の店に行くか、常連という意識を捨てるかのどちらかにしかならない。
 基本的に自分の納得できない相手に媚びることをしたくない洋一は、その店を避けるようになった。早いうちに気づかなかった自分が情けない。
 洋一は、その時、常連の店の中に「一党独裁型」と、「派閥型」の二種類が存在し、自分がそのどちらにも属さないことを再認識した。そのため、大学時代には、なかなか自分が常連として馴染める店が見つからないことは覚悟していた。
「常連にならなくとも、一人ゆっくり佇むだけの場所があればいい」
 堅苦しく感じることのない店を好きになったのは、そういった理由からだった。
 五十歳を超えた今、その頃のことを思い出していた。
 三十代から、四十代にかけて、馴染みの喫茶店を持っていた。それは、学生時代に夢見ていたような理想の店で、常連というのは、近くの商店街に店を構える店長さんたちだった。
 彼らは、常連でつるんではいるが、派閥や一党独裁のような雰囲気ではない。それぞれに自分の城を持っていて、馴染みの喫茶店では、
――自分の時間を大切にできる場所――
 として、利用していたのだ。
 今はその喫茶店もなくなった。その場所にはしばらくしてから薬局が営業していたが、すぐに更地になり、今では有料駐車場になっている。
 それからしばらく馴染みの店になれそうなところを探したが、見つからなかった。そんな時に白壁の喫茶店を見つけたのだ。
 この店には、一見して常連と思うような人はいない。普通常連のいる店なら、少し通えば、誰が常連かということは分からないまでも、常連がいる店であるということは分かるというものだ。だが、店の雰囲気は常連がいることを示している。ということは、常連同士、仲が良いというわけではないようだ。
「自分はこの店の常連だ」
 と、それぞれが思っているだけなのだ。
 洋一に違和感はない。洋一自身、自分が常連になりたい店の雰囲気というのが、こういう雰囲気の店だということを再度感じた。
 洋一は、その時になってやっと、アルバイトの女の子に話しかけてみた。
「この店に通い始めて、何度目になるんだろう?」
 何度も声を掛けようとしてやめていた。最初の頃は、それでもよかったが、次第に声を掛けられなかったことを後悔するようになった。
「五十歳も過ぎたおじさんが何を言っているんだ」
 と、店を離れるとそう思うのに、店にいる時には、
「まだ、三十代くらいにしか思えない」
 と思うことで、彼女に話しかけられる自分を想像していた。
 最初に何を言おうか考えていたが、なかなか考えが纏まらない。そんな洋一を彼女はニコニコしながら見つめている。
「俺が話しかけようとしているのが分かるというのか?」
 自分では感じていなくても、相手には伝わっているのかも知れない。そう思うと、急に恥ずかしくなってきた。
 彼女の名前だけは分かっている。これだけ何度も来ていれば、彼女の名前を呼ぶ店長の声を何度も聞いていた。
 名前を彩名と言った。苗字までは分からないが、
――彩名ちゃんか、いい名前だな――
 と、店長が彩名を呼ぶたびに、そう思って思わずニッコリと微笑んでしまう洋一だった。
「彩名ちゃんは大学生?」
 これが最初の言葉だった。当たり障りのない質問だが、いまさらの感もあった。
「ええ、そうですよ。今年で二年生になります。桜井さんから見れば娘みたいな感じなのかな?」
 いきなり娘という言葉を出されて、少しドキッとした。しかし、
「あ、ごめんなさい。私も何をどうお話していいのか戸惑っているので、変なこと口走ってしまったら、ごめんね」
「いやいや、堂々としたものだと思うよ」
 実際には堂々として見えるのに、本人の口から戸惑っていると言われると、本当に戸惑っているように見えるから不思議だった。
 すると今度は、洋一の、
「堂々としたものだよ」
 という言葉が効いたのか、彩名は饒舌になった。
 彩名が饒舌になると、今度は洋一もここぞとばかりに饒舌になる。ひょっとすると、お互いに、相手の饒舌になるフラグを引き合ったのかも知れない。
作品名:始まりの終わり 作家名:森本晃次