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始まりの終わり

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「絶対誰にも言えない。悟られてもいけない」
 という思いを抱いて、完全に殻に閉じこもっていた。
 同じ思春期の男の子たちがまわりにいるのに、自分のことを変態だと最初に思ってしまったことで、自分を孤立させてしまうことを覚えたのだ。
 今であれば、そこまで変態だとは思わないかも知れない。
 確かに、大人になった自分から見ればそうであるし、「ヲタク」などという言葉が流行ってくれたおかげで、フェチやコスプレなど、市民権を得たような気がする。しかし、何といっても日本に根付くマンガ文化、アニメの影響で、少々であれば、「ヲタク」で許されるのかも知れない。
 ただ、考え方によれば、
「変態の幅が広がっただけ」
 と言えるかも知れない。
 しかし、それであっても幅が広がれば、一つのフェチは薄い存在になっていくのかも知れない。
 洋一が、
「人には言えないこと」
 と自分で感じていたのは、
「学生服が気になって仕方のない」
 ということだった。
 それはセーラー服であっても、ブレザーであっても一緒である。セーラーであってもブレザーであっても、胸元のリボンが一番気になっていた。
 洋一が好きになる女の子はその時から決まっていた。
「学生服の似合いそうな女の子」
 だったのだ。
 洋一が高校時代くらいから、アニメブームに火が付き始めたこともあって、今から思えば、当時は洋一のような人はたくさんいたように思う。同じ思春期の男の子たちは、なるべくまわりに自分のことを知られたくないという思いを抱いていたことで、まわりと一線を画そうとしたが、それは却ってまわりの意識を自分の中に感じさせ、まわりを包んでいる暗い空気がどこから来るものなのか分かっているはずなのに、分からないふりをしていた。
 洋一は、中学時代が嫌いだった。
「人生で、一番暗い時代だった」
 と思っているからで、本当なら、もっと暗い時代があったはずだと思っているにも関わらず、なぜ中学時代が一番暗い時代だったのか、ずっと分からないでいた。
 今から思えば、
「一番嫌いな時代だったから」
 という回答になるのだが、これはある意味禅問答のようなものである。
「どうして嫌いな時代だったのか?」
 と聞かれると、
「一番暗かったから」
 と答えるだろう。
「どうして暗かったと思うのか?」
 と聞かれると、今まではその答えをできないでいた。
 きっと、一番嫌いだったという答えを分かっていたからであろう。分かっていたので、余計に答えられなかった。その答えは堂々巡りを繰り返すということが分かったからだった。
 しかも、自分が変態だと思っていたこともあって、余計にまわりと関わりたくなかったのだ。
 しかし、まわりも皆同じような悩みを持っていたのだということに気づいていたのなら、少しは違っていたかも知れない。
 そういえば、中学の頃に、やたらと明るいやつがいた。それも、
「俺は変態だ」
 と宣伝しながら、ただ明るいのである。
 そんなやつを見て、
「俺はあんなやつとは違うんだ」
 と思っていた。
 なぜなら、やつは自分が変態だと明るくまわりに宣伝するだけで、なぜかやつのまわりには人が集まってきていた。洋一には、到底信じられることではなかった。そいつを毛嫌いしていた。しかし、本当は羨ましかったのかも知れない。同じような思いをしているにも関わらず、ちょっと態度を変えただけで、やつのまわりにあんなに人がいる。自分との違いを思い知らされたが、本当にそれが明るいだけが原因なのか、そいつにも自分の中で分かっていなかったに違いない。
 きっとそいつのまわりに人が多かったのは、同じような変態がたくさんいたからなのかも知れない。
 洋一は、
「自分以外に、変態はいない」
 という思いが強かった。
 いくらオープンに、
「自分は変態だ」
 と言われても、変態の内容が少しでも違っていれば、気持ちが通じ合えるわけはないと思っていたのだ。
「自分は、人とは違う」
 という思いが根底にあって、それがいい意味でも悪い意味でも洋一の意識を縛り付けている。
 しかし、他の人は違う。きっと自分以外にも同じような変態がいると思っていたのだろう。そういう意味で、オープンに自分のことを変態だと言ってまわりに宣伝している人の存在はありがたかった。一人で暗い人生を歩まなければいけないと思っているところへの朗報というものだ。
 洋一は、まわりの人がオープンに変態だと名乗っている人を中心に、一つの輪ができていくことに違和感があったのだ。
「どうして恥ずかしいことをそんなにまわりに示すことで正当化しようとするんだろう?」
 その思いは、すでに自分の目が変態ではない位置にいて、変態と言っている連中を見ているところから始まっている。
「自分のことを棚に上げて」
 と言われればそれまでなのだが、もし、オープンに自分のことを変態だと言っている人が現れなければ、自分が変態ではない位置に目を置くなど、ありえないことだったに違いない。
 それが違和感だったのだ。
 自分が身を置いている場所と目だけは違う場所にある。
「自分の身体を離れることができるのは、目だけなんだ」
 としばらくして思うようになるが、その思いはその時から始まっていた。
 その時に時分の目から見える景色は、それまで見えていた景色とはまったく違ったものだった。
「初めて見たような気がしない」
 今ではデジャブと分かる現象だが、その時はそんな現象があるなど、想像もしていなかった。
「変態であるがゆえの、妄想に違いない」
 暗い時代だと思っている間は、どんなことでも、変態だという意識と結び付けないわけにはいかなかったのだ。
 高校生くらいまでは、暗い時代が続いていた。それでも、自分の意識を知ってか知らずか、まわりの女子高生の制服は眩しく、見とれている間、自分が暗い時代を歩んでいることを忘れさせてくれたのだ。
 ただ、制服の似合う女の子というのは、眩しいくらいに目の前を行ったり来たりしている。それなのに、自分が好きになれそうな女の子は、なかなか現れない。
「そもそも、自分の好みというのは、どんな子なんだろう?」
――制服の似合う女の子――
 と分かっていても、自分が好きになる女の子として意識できる人は、なかなかいなかった。
 高校を卒業してから、大学生になり、その頃になると、やっと自分の好みの女の子というのが分かって気がした。しかし、その時点では、制服が似合う女の子というわけではなかった。なぜなら自分が好きになった女の子というのは、
――相手から、自分のことを好きになってくれた女の子――
 だったからだ。
「自分が好きになった女の子からは好かれないけど、好きでもない女の子から気に入られるってことあったりするよな、皮肉なことだって思っていいのかな?」
 と相談を受けたことがあった。
 まさか、自分にも同じようなことが訪れようとは思ってもいなかったので、
「やっぱり好きな人から好かれたいと思うのが本当なんじゃないかな?」
作品名:始まりの終わり 作家名:森本晃次