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短編集13(過去作品)

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 聞きたいのはやまやまなのだが、もしも恵子がそれを「聖域」のように感じているのなら私の入る隙間はない。しかし、そのうちにそれを明かしてくれるようにさえなれば、きっとその時はお互いの気持ちをすべてオープンにできる時に違いない。
 一目惚れというものが、苦しいものだということを知ったのは、それからしばらくしてからだった。最初に食事に行ってから、何度かその後、食事を重ね、そして休日のデートへと発展した。初めて一日を共有できるという気持ちは実に楽しいもので、週末が来るまでの毎日は、私にとって長く感じられた。
 指折り数えて待つなど、子供の頃のクリスマスを思い出す。真剣に、枕元に靴下を置いていれば、サンタクロースが来てくれると思い込んでいた時期、今思い出しても新鮮な感覚がよみがえってくる。
 街を歩いていてのイルミネーションやクリスマスソング、演出効果抜群で、クリスマスが終わるとその後にいくら正月が来ようとも、あまり感動するものではない。却って静か過ぎるだけの正月は、子供には物足りないだけのものだった。
――きっと週末は時間が経つのが遅いだろう――
 と感じていた。しかしその中で、思わず日曜の夕方に思いが行くのはなぜだろう?
――次の日には学校――
 そう感じただけで、それ以降の時間、頭の中はすでに月曜日のモードに入っている。それだけに日曜日は前半をどれだけ長く感じられるかが、休日を有意義に過ごせるかのカギだった。それだけに時間の経つのが遅いだろうと感じながらでも、
――果たして本当にそうなのか――
 という思いは拭えない。
 しかし、そんな思いも休日に恵子の顔を見た時、吹っ飛んでしまった。普段会社で見せない、そして食事に行った時も、どこかかしこまって見えた恵子とは違い、その日は警戒心の微塵も感じさせない、そんな雰囲気が漂っていた。まるで高校生同士のデート、昔憧れていたが結局できなかった思い出がよみがえってきたのだ。
 満面の笑みは私をいきなり包み込んでくれ、それでいて淫らな気持ちを微塵も感じさせない。仕事が終わって食事にいく時、ニコニコしているが、やはり夜である。暗い時間帯に見る恵子の顔に淫靡なものを感じるのは仕方のないことだった。しかし、明るい太陽の下、くっきりと表情全体に浴びる光は、さらに明るい印象を私に与えてくれた。
 どこへ行っても最初の明るい笑顔の印象が消えない私は、時間を感じることもなく、楽しい時間を過ごしていた。それはきっと高校時代に、相手がいなくてできなかったデートそのものだったに違いない。高校時代に憧れていたデート、それは時間を感じることなく、とにかくずっと一緒にいて楽しく思えるデートだったのだろう。
 そのことに気付いたのは、大学に入って初めてできた彼女とデートをした時だった。初めてのデートで、何をどうしていいか分からない。しかも相手の女性もそれまでデートらしいことをしたことがなかったらしい。その女性は高校を卒業してすぐに就職した女性だった。
――私と違って働いているんだ――
 という気持ちが心のどこかにあった。それだけに、少し遠慮のようなものがあったかも知れない。それは相手の知らないところが多いという意味で、それだけに必要以上の距離を感じていたのかも知れない。
 ぎこちないという思いは最初から感じていた。それは彼女も同じだっただろう。それでも最初の頃は会話も弾んでいた。高校時代の思い出や、友達のこと、恋についての気持ち、話題は永遠に尽きないのではないかとさえ思っていた。
 しかしぎこちなくなるのは早いもの、話題がつき始めると私が大学の話をはじめる。そのため彼女にはそれが分からない世界であり、しかも行きたくてもいけなかった大学のキャンパスという世界、憧れを相手の口から聞くのである。
 憧れている分にはよかったのかも知れないが、それを付き合っている相手から話題としてされるのはいかがなものだろう。そんな気持ちを分からないまま話していた私は、彼女の心境の変化にも気付かないでいた。
――私を全面的に信頼し、慕ってくれている――
 と思い込んでいたので、
――何をしても許される――
 とまで考えていたのかも知れない。自覚はなくとも、少なくとも相手にはそう感じられたのだろう。
 一度しがらみができてしまうとなかなかそれを払拭するというのは難しいものだ。特に彼女の態度の変化に気付いた時は、彼女の心はすでに私から離れていたようだ。
 相手の気持ちが離れていきそうなのに気付いた時、初めて私はうろたえた。いつでも彼女の前では堂々とすることを身上としていたつもりだったが、完全に浮き足立ってしまった。そんな私が彼女の目にはどんな風に写っただろう。
 そんな時に会話などない。本当は言いたいことはいろいろあるのだが、それを言ってしまってはお互いに売り言葉に買い言葉で、口論になってしまうのが恐ろしかった。一旦振り下ろした鉈をしまうのは難しいことで、どこで収めるかの術を知らない私に言葉というものは恐ろしかった。
 無言のままの時間が過ぎていく。これはお互いに苦痛であった。きっとそれでも一緒にいたということは、まだお互いに修復したいという思いが強かったと思う。それだけに術を知らないことが歯がゆく思え、自己嫌悪にも陥る原因になっていた。
 結局、そのまま自然消滅。残ったのは極度の自己嫌悪と、なす術のなかったことへの後悔だけだった。
――反省はするが、後悔はしたくない――
 これが私のモットーである。
 これは高校時代の先生の言葉である。授業中によくウンチクを傾けていた先生で、教え方はともかく知識の豊富さには、皆感服していたようだ。時々格言めいたことをいうが、中には共感できる言葉もあった。これもその一つである。
――恋愛というのは難しい――
 恋愛といえるのかどうかわからないほど純な関係だったと思うが、純愛を恋愛に結びつけ、それを継続していくことの難しさを感じてしまったのだ。半年間は悩んだであろう。それも一進一退、少し進んだかと思えば後ろ向きの考え方も出てくる。後ろ向きの考えがよくないと分かってはいるが、避けて通れるものではなく、考え込んでしまう。なかなか抜けられない袋小路に入り込んでしまっていた。
 大学を卒業するまでに数人と付き合ったと思っている。その間に初体験を済ませたが、その相手とも、それ以降の発展はなかった。そのまま恋人になりかかったという気持ちもあったが、相手の寂しさを覗いてしまったことで、私はそれ以上の深入りができなくなってしまった。女性に対して初めて身構えた時だったかも知れない。相手の身体を知ることで、今まで見えなかったものが透けて見えてきたのだろう。
 恵子と知り合うまで、私に一目惚れなどないと思っていた。私は相手の顔を見て、表情や雰囲気から相手の性格を判断し、好きになるタイプだと思っている。それだけに、顔で判断しないというと間違えになるが、あまりすぐに好きになるというわけでもなかった。特に相手が私を意識していると感じた瞬間がゾクゾクするくらいに好きで、相手が気にしてくれて初めてこちらもその気になることが多かったくらいだ。
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次