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短編集13(過去作品)

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 これは恵子に対しても感じたことだし、私自身にも感じたことだ。会社にいれば嫌でも年数が気になる。そういう意味では会社を一歩離れれば、年数のことは頭から切り離したい。それが本音なのだ。しかし男性の裏に父親の存在を感じてしまう恵子が、果たして年下の私をどう思うだろう?
 年下ということに違和感があるわけではない。しかし今まで女性と付き合ったとしても一目惚れなど一度もなかった私が初めての一目惚れ、しかも話をすればするほど、一緒にいればいるほど思いが募ってくるのである。まさしく私の待ちわびた女性というべきではないのだろうか。
 恵子に、私が年下だということでの違和感はあるようだった。私が付き合ってほしいと告げた時、最初に帰ってきた言葉が、
「え? 私年上だよ?」
 と笑いながら私を諭すような言い方だった。
 しかし言い方はまんざらでもなかったような気がする。贔屓目で見ているからだろうか?
「あまり気にしたことなんてないよ、それに違うといっても二歳くらいじゃないか」
 その言葉に嘘はないが、意識していなかったと言った方がいいかも知れない。今まで年上が考えられなかっただけに、ピンと来ないのだ。
「私もそろそろ二十歳代も後半なの。そろそろ結婚も考える歳よ」
 もう笑ってはいない。真剣に私を見つめる目ではあるが、訴えるような目に何かしらの覚悟のようなものを感じた。私はハッキリ言って結婚など考えていない。今すぐなどということは考えていないというだけで、遊びたいということで考えられないわけではない。恵子がもし私と付き合って結婚を望むのであれば、私は恵子と結婚してもいいと考えていた。
 しかし、その時は結婚について私は口を開くことをしなかった。どこまで恵子が私に望んでいるのかが、まだこの段階では分からなかったからだ。付き合ってほしいという告白だったが、恵子が結婚を前提だということであっても、私は構わないと思った。
 とにかくお互いのことは何も知らないまま付き合い始めたのだ。デートを何回か重ね、今までの自分たちのことを話す時間もしっかり作って、お互いのことを分かり合っていった。
 時間には余裕を持たせていた。別に焦ることではないし、ただ最初に付き合ってほしいと注げたのは、相手の中で私の存在を最大にしてもらいたかったという気持ちの表れである。
――とにかく恵子を失いたくない――
 一目惚れなどしたことのない私が感じたのは、いきなり失いたくないという思いだったのだ。恵子が私のそんな思いを知っているとは思えない。
「一目惚れって信じる?」
「私は今までに一目惚れってしたことがないの。それだけに徐々に好きになっていって、気がついたらその方から離れたくなくなるのね」
「じゃあ、いきなり失いたくないって気持ちにはならないんだ」
「ならないかも知れないわね。でも、その気持ちはとてもよく分かるわ」
 そこから少し沈黙があった。公園に吹く風が少し止まったような予感があり、薄暗い街灯に恵子の唇だけが浮かび上がり、光って見えた。
 恵子が目を瞑る。ゆっくりと近づいてくる顔、温かく柔らかい唇が私の身体全体を包んでいるような感覚になっていた。
 キスは初めてではない。今までに何度かあるが、そのたびに初めてのような気持ちになる。錯覚なのだろうが、初めて女性と唇を重ねてからすでに三年以上が経つのに、まるで昨日のことのように思い出すことがあるが、それが新鮮なのかも知れない。
 もし心が一つになれた瞬間がいつかと聞かれれば、この口づけの瞬間だったように私は思う。恵子もきっとそうだと感じてくれているような気がする。それだけ時間を感じさせない口づけだったし、お互いに唇を離そうとしなかったからだ。
「私も一目惚れだったのかな?」
「きっとそうだよ。僕も最初は自分でも分からなかったからね」
 まだ唇が柔らかく包まれているような気がする。
「私ね、結構迷信のようなものを信じる方なのよ」
「迷信?」
「そう、例えばね、よくいうでしょう? 敷居を跨ぐのはどちらの足からがいいとかね。または、ジンクスじゃないけど、いいことがあった時の靴は何日か続けて履くとかしているのよ」
「それで何かいいことあるの?」
「そうね。ある時もあれば、ない時もあるわ。どっこいどっこいかも知れないわね」
「僕もジンクスというよりも、迷信めいたことの方が信じるかも。いつも同じ行動をしているのもそのためだね。きっと生活リズムを崩したくないという気持ちが強いのかも知れない」
 いつもと違う行動、これはやはり気になるものだ。
 そういえば、ジンクスを信じていていいことがあったという記憶はあまりない。しかし信じていないと気がすまない自分がいるのも事実で、自分を信じたいためにジンクスを信じるようなものでもある。
 ジンクスという言葉、実に都合のいい言葉だ。漠然としていて、何かのごまかしに使えそうで、きっと聞いた人が頭のいい人だったら、すぐにいいわけと気付くだろうが、それも自己満足かも知れない。
――自分だけは納得させたい――
 それがジンクスなのかも知れない。
 そういう意味で、人に話すことではないのかも知れない。人によってはジンクスを軽々しく口にすることで、ご利益がなくなるような感覚に陥る人もいるだろう。神通力なるものが薄れてくると考える人もいるだろう。私の場合はあまり気にしない。きっと自己満足の世界だということを頭で分かっているからに違いない。
 ある意味で一目惚れもジンクスのようなものではないだろうか? 今までに感じたことのなかった一目惚れ、そこに自分で満足しているという感覚がある。今まではすぐに自分で満足できなかったことからきっと一目惚れなどなかったのだろう。一目惚れが私にとっていいことなのか悪いことなのか分からないが、胸のときめきは間違いなくその時の私にとっての満足感であった。
――満たされたい――
 そう感じるのは男も女も同じだろう。特に女性の方が強いのかも知れない。
 それ以外に、
――包み込まれたい――
 という感情が、男性にはあるのだ。女性にないとはいえないと思うが、男性器と女性器の違いを考えれば自ずと分かるというものである。
 これは友人から聞かされた話である。淫靡な話になってしまうが、女性に包み込まれたい、男性に中を満たしてもらいたい、その感情が男女の性交に繋がるのだと……。
 あまり経験のない私ではあるが、友人と話をしていてそれを聞いた時、眼からウロコが落ちたような気がした。女性に満たされていた時のことを思い出し、神経は一箇所に集中し、血液の逆流を感じている。それこそが、
――包み込まれたい――
 と感じた瞬間だったのだろう。
 セックスの感じ方も男性と女性ではかなり違う。同じ男性であっても、それぞれに違うだろう。十人十色、人それぞれのセックスがあり、そこは開けてはならない「開かずの扉」がある。それだけに漠然としていて、まるでジンクスのように、人に明かしてはならないようなものに感じられるのだ。
 恵子にとってのジンクスとは何だろう?
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次