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短編集13(過去作品)

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 私の方から好きになるということはあまりなかったので、告白もしたことがなかった。相手に付き合っている人がいるかいないかということは気になったが、自分からそれを確かめる気にはあまりならなかったのも、一目惚れがなかったからだろう。
――恋愛に冷めていた?
 そんな風にも思う。冷めていたというと語弊があるが、常に冷静に見ていたのかも知れない。それは相手の女性に対してもそうだし、何よりも自分に対してがそうなのだ。
 客観的に自分を見つめることができる人が本当に冷静になれる人だと思っている。人のことはよく分かるのに自分のこととなるとなかなか分からないというのも、きっと客観的に自分を見ることができないからだろう。
 しかし私も最初から客観的な自分が見れたわけではない。
 小学生の頃、いじめられっこだった私は、絶えずそんな自分を表から見ることを心掛けていた。きっとその状況をそのまま受け取っていては、自分が自分に押しつぶされそうな気がしたからだ。虐められている自分を客観的に見るということも辛いことだった。冷静な目で見ないと押しつぶされると思っていたので、それからだろう、私が冷静に自分を見れるようになったのは。
「時々、虐めている自分が惨めになることがあったよ、なぜなんだろうな」
 小学校時代の友達が集まっての同窓会が開かれた時、そう言って私に話しかけてくれた友達がいた。彼は私を虐めていた一番手で、本当なら顔を見るのも嫌な相手のはずだった。それが普通に見れるのだから、冷静に見ていた自分が、月日とは別に、何ら変わっていない自分を意識しているのかも知れない。
 そう、冷静に見ている自分は何も変わっていないのだ。どんなに、本人は変わってしまっても、冷静に見ている客観的な自分は変わらない。歳を取ることもないし、考え方もきっと変わらないだろう。いや、元々考え方などあるのだろうか? いつもどんな時でも冷静に見ている自分がいるだけである。
 客観的に見ている自分の存在に、本当の自分が気付いたのはいつだろう?
 分かってはいるのだろうが、存在感として感じたのは、きっと人を好きになった時かも知れないと思った。一目惚れをすることがあれば、冷静に見ている自分はどう感じるだろう? 冷静に見ていられるかどうか、分からない。本当の自分が客観的に見ている自分の存在を消そうとするかも知れないからだ。
 果たして、恵子に一目惚れの私は、客観的に見られていることを初めて意識していた。意識はしたが、すぐに打ち消している自分がいるのに気がついた。
――恵子は私にとってなくてはならない存在――
 そう感じることで、もう一人の自分の存在を打ち消そうとする。
 人を好きになるということは、私自身が他の自分の存在を打ち消したくなるほど、自信を持っていることかも知れない。自信があるからこそ人を好きになれるのだろうし、自分を好きになってほしいと思うのだろう。
 しかし、その後恵子には好きな男がいることが分かった。それまでであれば、相手に好きな男ができれば、ひょっとして別れていたかも知れない。今までにそんなことがなかっただけで、いや、あったかも知れないが知らなかっただけで、何よりも冷静に見ている自分が許さなかったに違いない。
 いつも自分自身の考えで動いていると思っていたが、本当にそうだろうか? 冷静に見つめている自分の考えが、どこかで反映されているのではないかとも考えられる。冷静でいられなくなった時の自分は前後不覚に陥ることも多く、気がつけば反省なのか、後悔なのか分からない気持ちに苛まれていることが多かった。
 しかしそれでも何とか気持ちは保っている。そこで冷静に見つめる自分の考えが反映されているのではないかと思うのがおかしいだろうか? そこに自分の知らない自分の人為的なものがあってしかるべきだと思うのだ。
 もし、客観的な自分の存在を消そうとするということは、自分の中で冷静になれるという自信がなければできないことだろう。一目惚れをした私にそれがあったのだろうか?
「あなたはとても冷静な目を持っていますね」
「私の目が冷静に見えるのかい?」
「ええ、見ていると情熱のこもった目に見えるんですけども、その奥を覗いてみると、冷静に見えるんです。表が真っ赤な炎なら、奥が青く光る炎、目立たないけど重々しさを感じます」
 恵子がそれほど冷静な目で私を見ていたとは思えなかった。
 私はどうやら恵子に最初から見切られているのかも知れない。今まで付き合った女性で、もう一人の冷静な私に気付いた女性はいなかった。それだけ付き合いが浅かったとも言えるだろうが、一概にそうとは言えない。確かに浅い付き合いもいたが、それ以前に付き合うということがどういうことか知らなかったとも言えるのではないだろうか?
 付き合うということは、相手を好きになって、相手と一緒にいることを楽しいと思う。さらに一緒にいないと寂しさがこみ上げてきて、相手のことを思うようになる。そして会いたいと思うのだ。その一連の気持ちから定期的に会うようになることが付き合うということだと私は解釈している。この流れの一つのどれを欠いても、付き合うということが成立しないと考えるのは、少し無理があるかも知れない。しかし私はそこまで考えたことがなかったが、それだけに恵子とのことを大切に感じているのだろう。
――相手のことを大切に感じる――
 ここまで思えるようになると、きっと恋の始まりなのだろう。恋をしていると自覚できれば、そこから先は却って相手の気持ちを考えてしまう。言葉を選んだり、相手の気持ちをあれこれ読もうと必死になってしまうだろう。
 考えてみれば、そこまで考えたことはなかった。初めて付き合った女の子も最初は言葉が出てこず、何を話していいか分からなかったが、それはあくまでも自分の問題、本当に経験がないために、自分の中で整理がつかなかったのだ。
 相手のことを考える余裕がなくて、相手も男性と付き合うのが初めてで、すべてが手探り状態、そんな中で気持ちの交流が果たしてどこまでできたかが疑問である。
 相手を大切に思うということはあったと思う。しかし自分のことで精一杯だった私にとって付き合っているという気持ちが焦るばかりで、なかなか自分の考えが掴めないでいた。気がつけば、
――あなたが重荷に感じるの――
 相手からそう言われて、初めて失恋したことに気付く。
 それから私に後悔が襲った。
――なぜ相手の気持ちの変化に気付かなかったのだろう?
 そんな思いがしばらく私を苦しめた。分かっていてもきっとどうすることもできなかっただろう。しかし分からなかったことが良かったのか、悪かったのか、地団駄を踏んで悔しがる自分の姿が目に浮かぶ。知らぬが仏だったのかも知れない。
 しかし恵子には私の気持ちが分かっているようだ。
「君は観察力の鋭い方なのかな? 僕の行動パターンを見切っているよね?」
「だって、あなたの行動はすぐに分かるわよ。顔にも出るしね」
「今までにそんなこと言われたことなかったんだけどね」
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次