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短編集13(過去作品)

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 転勤していった私に、美穂は一度会いに来てくれた。その時の美穂は、福岡という土地を気に入り、まるで二人で旅行に来たかのような気持ちだった。とても新鮮で、昼の疲れも忘れたかのように夜は夜で盛り上がった。
 素敵なレストランを予約し、最高のディナーを約束していた。一面ガラス張りの窓から中洲の川が一望でき、対岸からのネオンサインが美しく光っている。
「乾杯!」
「カチン」という乾いた音が響き、グラスに半分ほど入ったワインがゆれている。この日のために私が探した店は、ホテルの一階にあるレストランだった。テーブルの上のキーを手に取り、
「今日はここの部屋を予約してあるんだ」
 というと、美穂は少し顔を赤らめながら、ワインを口にしている。まるで、赤らめた顔はワインによる酔いであると言わんがごとくであった。
 その夜が二人にとって最高の夜であったことには間違いない。
 しかしその日を境に二人の距離は少し離れていった。
 毎日取り合っていた連絡が、少しずつ間があくようになっていった。私が疎遠になってしまったのか、彼女から疎遠になったかは定かではないが、私も仕事が忙しいこともあって、時間の経つのが早く感じられたのだ。それだけ「間があいている」という感覚はなく、事の重大さに気付いていなかった。
 大体月一くらいの割合で会おうと約束していたのに、なかなかうまく行かないことも多かった。理由はやはり転勤していった先での不慣れな仕事による忙しさだったのだが、それによる精神的な疲れは想像以上に私を蝕んでいたようだ。
 休みの日になると、目が覚めれば昼過ぎということも少なくなく、完全に熟睡しているのだ。
 最初の頃はそれでも嬉しかった。
――今頃、彼女は何をしているのだろう? 食事の時間かな?
 などと考えているだけで、嬉しくなってくる。
 しかしそれがいつ頃からであろうか? お互いに連絡を取り合わなくなる。
――彼女からの連絡があるから、返している――
 と私は思っていた。相手にも都合があるだろうから、電話も滅多やたらに掛けるわけにはいかない。そんな遠慮が、そういう思いに繋がっている。
 しかし彼女の方からいつも間にか連絡が来なくなった。そう感じ始めたのである。
 リズムがどこかで狂ったのかも知れない。それまで、何の疑問もなく暗黙の了解で取り合っていた連絡も、一旦リズムが狂うと自分から取ることを戸惑わせる。
――連絡は取りたいのだが……
 言い知れぬストレスは、何ともいえぬ不安感へと変わっていく。たった三日連絡がなかっただけで、まるで一ヶ月なかったような錯覚に陥ってしまう。それが一日一日延びるごとに次第にイライラが増幅されていくのだ。
 仕事は何とかやっていたが、終わってからの一人暮らしは溜まらない。食事を作るのも面倒くさく、かといって外食のように、人の多いレストランも溜まらない。結局コンビニの弁当で済ませようと考えるようになり、それすら味を感じることもなく、ただ喉を通しているという程度のものだ。
 部屋に帰ってテレビをつける。転勤してくるまでは、テレビをつけてもほとんど見ていることはなく、テレビをつけながら何かをしていることが多かったが、最近はテレビをつけながら何かをするという気力があるわけでもなく、却ってテレビに集中している。
 テレビを見ていれば、時間の感覚がハッキリしてくる。時間から時間の番組構成なので当然なのだが、それだけが、プライベートで時間というものを感じることができる唯一の手段であった。
 テレビのもう一つの魅力は、つけているだけで部屋がパッと明るくなることにあった。
確かに音楽でもいいのだが、画像のあるなしでかなり変わるのだということを一人暮らしで初めて知った。結局私も寂しがり屋だということなのだろう。
 美穂から電話が掛かってきたのは、そんな時だった。普段であればテレビがついているのだから、それほど大きな音を感じないだろう。しかしその日はなぜか敏感に大きく感じられた。
――ああ、ビックリした――
 会社からのこともあるはずである。特に最近は仕事が終わってからも同僚や先輩から掛かってくることが多い。なぜならシフト体勢業務なので、仕事終了前に引き継いだはずの仕事の確認ということも多々あるからだ。
 しかしその日は、ハッキリと美穂からだと分かった。電話の音が違ったような気さえするくらいハッキリとした予感があったのだ。
「もしもし」
 想像したより少しだけハスキーな美穂の声は、若干疲れているようにも感じられた。内容は今度の日曜に会いたいということだった。
「よし、土曜日から休みだから、土曜日の昼から行こう」
 私の頭には美穂の身体と、なぜか喫茶「ピノキオ」の雰囲気が浮かんだ。土曜日の夕方からは、喫茶「ピノキオ」からコースになるだろうと勝手に決め込んでいた。
 想像通り、土曜日の夕方には美穂と喫茶「ピノキオ」にいた。待ち合わせてから店に着くまでの間、まったく普段と変わらなかった美穂が、店に入った途端、少し雰囲気が変わってしまっていた。
「疲れているのかい?」
「そうかも知れないわ。私、今日あなたと会えることが、とても楽しみだった」
 頷きながら、一抹の不安が私の頭をよぎった。
――何となくいつもの美穂ではない――
「楽しみだった……なの?」
「ええ、どんな服着て、どんな顔で会おうかと、ずっと考えていた。でも実際に会ったあなたの顔が私がずっと想像してきたものと違う気がするのよ」
 一口水を含んで美穂は続ける。
「あなたが変わったとか、そういうのじゃないと思うんだけど、私の中で何か変化があったのは事実かも知れないわ。そういえば以前あなたとここで話したわね。女は一旦心変わりするとなかなか元に戻らないって」
 美穂の言いたいことは分からないが、理屈は分かっている。結論として、別れたのだろう。
「君はもう僕が昔の僕ではないと?」
「そこまでは言わないんだけど、私寂しいのよ。きっと私の方が変わったのね。一旦寂しいと思うと、あなたに対してのイメージまで変わってきたのかも知れないわ」
 私が何も言わないでいると、美穂が続ける。
「以前話したことあるわね。一旦オンナって嫌いになるとなかなか修復は難しいのよ。特に遠距離恋愛、一緒にいたい時にあなたはいない。疎遠になると嫌いじゃなくとも寂しさはつのって来るものなの」
 そういえば以前美穂が言っていた「野球の投手の心境」という言葉が脳裏をよぎった。
 最初に投手はまず「完全試合」を目指す。そして「無安打無失点」、「完封」、「完投」、そして「勝利」、次第に目標修正をしていくものだ。人間の考え方もそうかも知れない。特に遠距離恋愛で相手が見えないとどうしても余計なことを考えてしまう。時として相手と違う考えをしているのではないかと思い、悩み、また袋小路に入ってしまう。
――袋小路――
 確かにそうなのだ。そこが遠距離恋愛のうまくいかない一番の理由かも知れない。相手のことを思うあまり、余計な考えが頭に浮かび、どれが本当の心境か分からずに、自分さえも信じられなくなる。
――自分が信じられない恋愛がうまくいくはずない――
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次