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短編集13(過去作品)

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 最初は公園のブランコで風に当たっていた。風を受けることがこれほど気持ちがいいとは、忘れていた感覚である。スーと降りてくる快感など、よくブランコを使っていた小学生の頃ですら感じたことのないものだったような気がする。
「気持ちいいわね」
 同じように美穂も風を感じていた。
「ああ、少しこうしていようか」
 そういえば初めて来る公園だった。
 お互いの小学生時代の思い出を語ったような気がする。気心が知れたとすればその時だっただろう。
 それからベンチに移り、口づけを交わした。口づけは今までに何度か交わしていたが、その時の口の中から滲み出るアルコールの味は今でも忘れない。
――身体が求めている――
 この思いは、自分に対して感じたのと同時に、美穂に対しても感じた。
――いよいよ今日が記念日になるのだ――
 その時に確信した。
 身体を抱くように抱え上げると、少しよろめいたように私に身体を預けてくる美穂。熱い身体からは全身の力が抜けていて、まるで全体重がのしかかっているようで重たかったのだが、あまり苦痛ではなかったのは不思議だった。歩く時などはいくら酔っているとはいえ、私が進めば美穂も合わせるように進む。それが分かってやっていることなのか、本能からのものなのかは、さすがに分からなかった。
 意識して足はホテル街へと向いている。しな垂れたように下を向いている彼女に、その時の位置は確認できたのだろうか? 歩き続ける中で自然と私をフォローするかのように動く足は確実に従順だった。
 部屋に入ってから美穂の身体をベッドの上に弾ませた。さすがに重かったこともあったが、ゆっくり弾む美穂を見ると、自分の男の部分が目を覚ます気がしてくるからだ。
「美穂」
 強く抱きしめる。
「あぁ」
 少し鼻にかかったような甘い声は強く抱いたにもかかわらず、否定したり苦しんでいる声ではない。甘美な芳香を漂わせていると感じたのは、美穂の中から湧き出る無意識のフェロモンの散布によるものだという気がして仕方がない。
 表が寒かったせいもあってか、ムンムンとした熱気が部屋の中に充満している。
 服を脱ぐにもベタついた汗で、なかなか脱ぐこともできない。
 そんな中、焦っていた最初にくらべると、ある一定の時間を過ぎれば、落ち着いてくるものなのかも知れない。スーっと身体の力が抜けていくのを感じ、私の愛撫に身体をくねらせるように敏感に反応する美穂。男としての喜びを感じる。
 次第に盛り上がっていく気持ちの中で彼女の甘い声が次第に遠ざかっていくのを感じると、昂ぶっていたものを一気に放出していた。
 しばし気だるい時間が経過していく。昂ぶっていた身体は敏感にシーツが当たるのを感じていたが、ビタッと吸い付いた美穂の身体を感じるまでには至らなかった。
 身体が麻痺している感じであるが、お互い火照った身体が同じくらいの体温になっていることで、お互いの感触を麻痺させているのかも知れない。
「身体の相性がピッタリというのは「柔」と「剛」がうまいこと絡みあわないとうまくいかないものなのかも知れないわ」
「僕たちはピッタリかもね」
「そうね、お互いに長くもなく短くもない、ちょうどの距離がいいのかもね。過ぎたるは及ばざるがごとしとはよく言ったもので、過ぎたるのないところが、二人の相性なのかも知れないと思うのよ」
 それは私も感じていた。何度も「うんうん」と頭を下げるのも、そういう気持ちの表われだったのだ。
 私は美穂と出会ってその日初めて身体を重ねたのだが、相性はピッタリだという予感めいたものが最初からあった。それは普段の会話や、何気ない素振りからでも美穂の言った言葉に裏付けられるものがあったからに違いない。
 東京を離れる最後の日、美穂を抱いた私は、初めて抱き合った日の、そのことを思い出していた。何度も反芻した彼女の言葉、耳の中にその時の声や抑揚までハッキリと記憶しているのである。
 そしてその日も彼女は意味深なことを呟いた。
「野球の投手の心境なのかも知れないわね」
「それってどういう意味だい?」
 事を終えた後の気だるい雰囲気の中で呟いたことだったが、そのことについて美穂は語ろうとしなかった。
 相変わらず身体の相性はピッタリで、事を終えた後に襲ってくる気だるさも、疲れも倍増なのだが、心地よさを伴うものだった。しかし女性は強いのか、半分宙にでも浮かんでしまいそうで眠くなってしまう私とは対照的に、美穂は意外としっかりしている。
「いよいよ明日出発なのね」
「ああ、しばらくは会えないかも知れないけど、申し訳ない。僕も仕事が落ち着けば、なるべく早く会いに来るよ。君の方も機会があったら遊びにおいで」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 少し下を向き加減で答える美穂の姿に気がついてはいたが、それが何を意味するのかその時の私にはよく分からなかった。
――やっぱり寂しいのかな?
 男の私はそうでもなかった。たとえ会えない時期がしばらく続いたとしても、電話やメールだってあるのだし、毎日連絡は取り合える。しかも会っていない時にこそ、相手のことを想像し、思いやる時間が持てるのも嬉しいものだ。
 私はそんな時間が好きだった。仕事をしている時でも、美穂のことを気にしていればそれだけで充実した時間が持てた。私の中でどんどん美穂が大きくなり、そんな時間が持てるだけで満足だったのだ。
――美穂だって……
 私はそう思っている。きっと美穂も私と同じ気持ちなのだろう。
「離れていても、いつどこにいても、気持ちは一つだからね。そう思っていれば、僕は寂しくないよ」
「ええ、私もよ。いつもあなたのことを思い続けているわ」
 そう言って美穂は私の胸に顔を埋めた。その時の力がいつもよりかなり強めだったことを後からでも思い出すことができる。
 私が転勤になってからの美穂は、毎日のように連絡をくれていた。
 忙しい仕事の中で、彼女からの連絡はとても嬉しく、電話で聞く声など、実際に会っている声とは少し違う。また、東京にいる頃、会えない日に連絡してくれて電話で話した声とも若干の違いを感じていた。
 何て言えばいいのだろうか? 離れてから聞く声は距離があるからではないだろうが、小さく聞こえ、か細いのだが、余計にいとおしく感じてしまう。
 彼女にも同じような思いがあると信じたい。
 美穂の声には抑揚を感じ、目を瞑れば目の前にいて、話をしているような感じがしてくる。身振り手振りで話すことが多かった美穂なので、その動きが瞼の奥で見えるようだ。
――きっと天使のような微笑なんだろう――
 初めて会った時に私に見せた笑顔、その笑顔なのだ。
 何度会っていても、その時の笑顔は忘れない。あれが本当の美穂の素顔だと思いたいのだ。
――女性は人を好きになると綺麗になる――
 というが、美穂もそうだったと思う。
 私に会う時には飛び切りの化粧を施して、とても綺麗に見えた。私にはそれが嬉しかったのだが、実際は美穂の本当の美しさを考えて目を瞑った時に浮かんでくる顔は、最初に会った時の屈託のない笑顔だったのだ。
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次