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短編集13(過去作品)

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 私が寄り添っているのを見て彼女は心配してくれる。
「ええ、大丈夫です。先ほど連絡しておきました」
 本当は連絡などする暇もなかったのだが、病人の彼女を置いていくわけにはいかないし、もちろん運命的な出会いをみすみす逃す気にもなれない。
「おや? あなたは」
 だいぶよくなったのか彼女は私の顔を見て囁いた。
「ああ、いつも同じ車両に乗ってる者です。今日はいつになく満員だったので、それでかなりきつかったんでしょうね」
 私のことを彼女も気にしてくれていたのだろうか?
「いつもそれほど乗客がいませんので、いつも同じ車両に乗っている方は、ある程度分かりますわ。でも、おかげで助けていただけたんですね」
 と彼女は言った。確かにその通りである。だが、もし同じ状況で私以外の人が果たしていち早く彼女の異変に気付いただろうか?
――きっと無理だろう――
 と私には思える。
 このことがきっかけで、私は彼女と付き合うようになった。名前は美穂といい、私と同い年で、二十三歳ということだ。最初は何となく後ろめたさもあった。美穂の病気がきっかけだったこともあって、まるで「棚からボタ餅」のような付き合い方に違和感があったからだ。
 しかし、それも神が与えてくれたものだと考えれば、少し気が楽になってくる。「出会うべくして出会った二人」と考えれば、偶然も必然に変わるのだ。
 一度美穂に聞いてみたことがある。
「僕が電車の中で君を見つめていたことを知っていたかい?」
 かなり勇気のいることだった。付き合い始めてから、三ヶ月近く経ってからのことである。デートを何回か重ね、口づけも済ませた後くらいのことだった。
「ええ、知っていたわよ。だから、あの時すぐに私の異変に気付いたんでしょう?」
「よく分かったね」
「ええ、震えていて気分は悪かったけど、本当は誰か助けてくれないか、まわりをずっと見ていましたからね。あなたがそばにいるのは分かってました」
 意外だった。まさか美穂が私に気付いていたなんて……。どう返事していいか分からない私を横目に美穂は続ける。
「助けてもらうまでは、変な人かも? って思ってたんだけど、あれからあなたの誠実さに触れて、付き合うようになったのよ。とにかくあなたには誠実なイメージを強く持ったわね」
「今は?」
「もちろん変わらないわよ。でも、今はそれに少し力強さも感じるようになったかしら」
 今までの自分に力強さを感じたことなどない。
「力強さ?」
「ええ、自分を持っている人って力強く感じるのよ。芯が一本通ってるって感じでね」
 自分はそれを意固地だと思っていた。確かにこれだけは譲れないというところが私にはある。いくつもあるかも知れない。ただの強情のわがままだと思っていたのだが、美穂から言われるとまんざらでもなくなってくるから不思議だった。
 一番、自分の中で強く思っていることは、
――自分に正直に生きること――
 かな? それこそが自分の真骨頂だと思ってきたが、一歩間違えば我を通すことになり、相手に対し、押し付けになるような気がしていた。
 最近では心の奥に閉まって、あまり表に出さない術を身に付けたが、学生時代はそれが災いしてか、友達から異端児扱いされていた。元々他の人と同じようなことをしているだけということに疑問を感じていた私は、なるべく人と違うことをしたいと思っていた。目立ちたいということだったと自分なりに解釈していたが、考えようによっては「自分に正直」なだけだった気がする。
 そんな私の性格を美穂は分かってくれていた。
「あなたは単純だから、見ていれば大体分かるわ」
 という通り、行動パターンはしっかり彼女にばれていた。
 美穂は性格的に控え目な方である。あまり自分から表に出ようとはしないが、こちらから意見を求めると、的確な答えが返ってくる。私は質問をする時は、最初に答えをある程度用意してすることが多い。それが相手に対しての礼儀だと思っているからで、美穂の返す回答は、私の頭にある答えとさほど変わりがない。そういう意味で、パートナーとして考えるなら、彼女は最高である。
 だからといって見張られているという感覚はない。行動パターンを見切られていると、「痒いところに手が届く」という反面、迂闊なことはできないと、絶えず見張られている感覚で行動しなければならないのだろうが、美穂に限ってそれはないのだ。きっと私が美穂一筋なのをはっきり認識しているからだろう。
 もちろん彼女の期待を裏切ることなど考えられず、実際に彼女以外は見えていない。
 実に最高のカップルと言えるのではないだろうか。お互いの友達もすべて公認の中で、特に私がまわりに「宣言」したいタイプなので、まわりが公認ということが私には一番嬉しいことなのだ。美穂もそれを嫌がっている節はない。さすがに友達の前でいちゃついたりすることもなく、普通に接していることから、まわりからも煙たがられてはいないのだと思う。
「宣言したい僕をどう思う?」
 一度聞いてみたことがある。実際に宣言したあとの事後報告だったので、多少の後ろめたさがあったが、
「いいんじゃない。別に私は気にしないわよ」
 そう言って笑っている。美穂の表情は苦笑に近く、私が聞いてみたくてウズウズしていたのを、いかにも知ってましたとばかりである。
 美穂は私にとってでき過ぎた彼女である。こんな彼女と知り合えた偶然、今では必然だと思えて仕方がない。
 さらに私には男としての変なプライドもあった。
 美穂とのことを「宣言」できたからよかったが、もし彼女が、
「宣言は嫌だ」
 と言ったなら、たぶん私は彼女に対し、一悶着つけていたかも知れない。猜疑心とも背中合わせなのかも知れないが、「私以外にオトコが」などと、あらぬ疑いをかけないとも限らない。それでいて自分はそれをプライドのように思っていたので厄介なのだ。
 そんな美穂を大学時代によく行った喫茶店に連れていったのは、交際を始めて四ヶ月くらい経ってからだった。例のレンガ造りの喫茶店で、名前は「ピノキオ」といった。いかにも童話に出てきそうな雰囲気にピッタリの名前である。
 その頃になると、美穂とはほとんど毎日のように会っていた。会わない日が信じられないくらいで、会えることを当然だと思っていた。
――もし会えない日があったら、どうだっただろう?
 そんなことを考えてみたが、きっとそれでもあまり気にしなかったかも知れない。ただ私の中で毎日のように美穂の存在が大きくなっているのは事実で、気がつけば、美穂のことを考えない日はなかった。
 美穂と初めて喫茶「ピノキオ」に行った時、私も久しぶりであった。ちょうど一年ぶりくらいだったような気がする。それでもマスターはしっかり覚えていてくれて、
「やあ、立派な社会人におなりになって……。お連れの方もお綺麗で」
 そう言って懐かしそうな笑みを浮かべた。いつもだとカウンター席でマスターと会話をしながら時間を過ごすのだが、さすがにその日は美穂を連れていたこともあって、奥のテーブル席に腰を下ろした。この店でテーブル席につくのは初めてだった。テーブル席なら一番奥だと思っていたので、私は美穂の手を引っ張るように、奥のテーブルへと進んだ。
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次