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短編集13(過去作品)

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 いや、私は怖かったのかも知れない。想像できないわけではなく、想像するとどうしても清楚な彼女を淫靡に想像しなければならず、私が女性に興味を持ち始めた頃、つまり中学に入って、淫靡な女性が夢に現れることはあった。それがその未亡人であることはしばらくしてから気付いたのだが、その夢は今でも見続けている。
「彼女、かわいそうなんですよ」
 さらに、井戸端会議の場面が思い出される。
「彼女、妊娠していたんですってね」
「ええ、そうなの。やっとできた子供だってご主人様は喜んでおられたみたいですね」
「そうなんですよ。ああいう家庭なので、子供ができないことをお互いに気にしておられたみたいですね。特にまわりの目を気にしておられたみたいで」
「でも、急な事故でご主人が亡くなられた……。奥さんにとってはかなりなショックだったことでしょうね」
「ええ、それとその後の人間関係でかなり苦労されたみたいで、その心労が祟ったのか、結局流産されたと聞きました」
 妊娠していたということもショックだったが、流産ということを聞いた時、私は思わずその場に立ち竦んでしまった。
「子供はあっちにいってらっしゃい」
 立ちすくんでいる私を見て、さすがにまずいと思ったのか、奥さん連中の一人が声をかけてきた。その声がなければいつまでも立ちすくんだままいたかも知れないと思えるほどで、自分でも放心状態だったのだと気付いた。
 淫靡な気持ちになるのは、妊娠というのがどういうことかを理解できるようになってからだ。知りたくもないのに、性的知識を友達から押し付けられた中学時代、それは好奇心旺盛な時期でもある。一つのことにでもいろいろな発想をしている自分に気付き、しかも身体が反応する。それがどうしてなのかそれまでは分からなかったが、悪友の押し付けによる性的知識の詰め込みで、身体と頭の微妙なバランスが崩れていたのかも知れない。
 ずっと私の頭の中には未亡人がいた。それも、私が実際に見た白い帽子に白いワンピースといった清楚な女性としての彼女と、妊娠から夫の死、そして流産へと向う苦悩する彼女とである。しかし、苦悩する彼女はいつしか私の中で、淫靡な女性として形付けられている。その唇が怪しく歪み、私を見つめている。しかし、それはあくまで妄想であって、時には目と唇の表情が一致しない時もあるくらいである。
 私の記憶にある未亡人のような、あくまで清楚な女性である白いワンピースを着ている女性がいれば、思わず街を歩いていても、つい振り返ってしまう。今回の出張で見かけた女性が本当に実在するかどうか分からないと思っているのも、自分の記憶が見せているからだ。
 しかし、そんな記憶の裏側に潜む妄想を私は忘れてはいない。それがコンプレックスのようになっているのか、どうも女性と付き合っても長くは続かなかった。相手がすぐに物足りなくなるようだ。
 クラスメイトに感じた異性としての女性、未亡人に感じた思いがそのままだった。暗い雰囲気で、影がある。しかし、包んでくれそうな何とも心地よい雰囲気が共通して二人にはあった。
 それは、未亡人が妊娠していたという事実、子供心に悔しさのような、手の届かないところへ行ってしまったという寂しさのようなものが渦巻いていて、それが余計に未亡人の存在を私の中で大きくしていったような気がする。
――さらに重たさを感じる――
 もう、きっと未亡人は私の前に現われることはないだろう。そう思い込むことで、他の女性を異性として感じるようになったのかも知れない。しかし私の中に確実に未亡人は存在する。それがこの重たい空気の存在を証明しているのだ。
 私はその後クラスメイトの女の子とつかず離れずの関係だった。同じ中学に進んでも、意識はしているのだが、付き合おうとはせず、好きだという気持ちを自分で確かめられないまま、離れることもできず、幼馴染としては最高の仲になっていた。
 お互いに気持ちは分かっていただろう。分かりすぎるくらい相手のことが分かっているつもりでいたが、私が彼女を分かるより、彼女の方が私の方をよく理解していたようだ。
「私たちみたいなのを腐れ縁っていうのかしらね」
 笑いながらいう彼女に、
「腐れ縁は酷いな。でもまんざら嘘でもないか」
 と言い返す私も私である。
 名前を美代子という彼女の存在を本当に気にし始めたのは、私たちが別々の高校に進学してからであった。離れてしまえば気になるもので、しかも学校で結構もてているという噂を耳にしてからの私は、自分でも分からなくなっていたのだろう。
「付き合ってくれないか?」
 思い切って告白したのだが、美代子もそれを待っていたのだろう。嬉しさというより安堵感が見える顔で、
「待っていたのよ、あなたのその言葉」
 それがすべての返事であった。
 私の中で未亡人は忘れられた存在だった。
 美代子の存在が私の中で大きくなればなるほど、未亡人のことを忘れていったつもりでいたのだ。しかし、初めて美代子を抱いた夜、私はふっと未亡人を思い出した。
 私が美代子に包まれた時、何とも言えぬ心地よさに、自分がどこにいるのかすら分からないくらいだった。
――どこかでこんな思いをしたような……。そうだ、母親の羊水に抱かれている時ってこんな感じだ――
 もちろん、母親の胎内など覚えているはずもない。
――私は生まれてきてよかったのだろうか?
 何という発想の飛躍、自分でも彷徨いながら、心地よさの中で出口を探してもがいているような気持ちになっている。何とも複雑な気持ちだった。
 そういえば母親に聞かされたことがあった。
「あなたが無事に生まれてきただけで私は嬉しいの。あなたは、私のおなかの中で生死を彷徨っていたのよ」
 愛情に満ちた顔だったのだろう。それからしばらくして母親は亡くなった。私にはまるで母親の最後の言葉だったかのように耳に残っている。それで、未亡人の子供が流産したということが気になったのだろうか? その時はまだ母親から聞かされていなかった。
 未亡人が私のことを気にかけていたのかも知れないと感じたのは、かなり後になってからだ。気付かなかったとも思えるが、私が近くにいたことは分かっていたような気がして仕方がない。流産してしまったが、まだおなかの中にいる子供を見つめる母親として、きっと子供を見ながら私を見ていたのかも知れない。
 未亡人に感じた思い、それは母親への思いでもある。だが、そんな中でも彼女に対して淫靡な気持ちを抱いていた自分もいるのだ。そのやりきれない思いを払拭してくれたのが、将来私の妻となった美代子である。
――私にとってなくてはならない存在――
 そう感じて結婚したのだ。今もその思いは変わっていない。
 しかし、私は今未亡人を出会った時と同じ感覚を頭に抱いている。宮崎で足止めを食わなければ確実に西洋館に赴き、私が忘れ去っていた未亡人への思いが果たされると信じて疑わなかった。そこには夢か幻か、未亡人がいるのだ。まさしく私を待ち望んでいてくれる未亡人で、子供の頃の私をきっと覚えていてくれているのように思えた。
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次