春はまだ先 探偵奇談14
「斎藤が喜んでたぞ。古い映画に詳しいやつだって。監督とか音楽とかについてまで話せるって。映画同好会入ってみたら?」
「や、俺は一人で観るのが好きだから、同好会は遠慮しときます。好み偏ってるから、自分が好きなのしか観ないですし」
「そっか。今度おまえのおすすめ教えてくれ。俺も観たい」
本当ですか、と瑞が目を輝かせた。
嬉しそうだ。自分の好きなものに共感してもらうことは人間にとって喜びなのだ。今度、ほんとにちゃんとおすすめしてもらったものを観てみようと伊吹は思う。
そんな話をしながら昇降口へ向かう。生徒はだいぶまばらだ。下校を促す放送が流れている。雪は小やみになっているが、寒さは全く緩まない。
「…伊吹先輩、来週の試合のことなんですけど」
「うん?」
階段で立ち止まって、瑞がおずおずと切り出した。
「どうした?」
「あの、えっと…対戦校に、知り合いがいるとかいないとかって…」
「え?…ああ、そのことか」
「なんか元カノとかって」
誰かから聞いたのだろう。伊吹は苦笑する。
「…大丈夫ですか?」
心配してくれているようだ。後輩に気を遣わせているな、と申し訳なく思う。瑞は難しい顔をこちらに向けて、真剣に言葉を紡いでいる。
「先輩ってそういうのあんま言わないから。夏の合宿のとき話してくれたときも、まだ傷癒えてない感じだったし…」
颯馬は子守りだという。だけど、瑞に甘えているのは案外自分の方なのではないか。こうしてなんとか力になろうとする瑞を見ると、伊吹はそんな風に思うのだ。気遣ってもらうことも、心配してもらうことも、情けないかもしれないけど心地よいものなのだ。
「正直…ちょっと動揺はしてるよ」
「…うん」
「でもこの先だって何度も顔合わすだろう、試合のたびに。だからいちいち気にしてたらキリないし、大丈夫。切り替えるから」
この部を強くすることが伊吹の一番大切な役割で、最優先事項なのだ。私情を挟んで凹んでいる場合ではないし、レベルアップのチャンスを棒に振るつもりもない。
「俺、出来ることなんてないかもしんないけど…しんどいときは言って下さい」
作品名:春はまだ先 探偵奇談14 作家名:ひなた眞白