春はまだ先 探偵奇談14
弓道場内は胴着姿の部員で溢れている。午前中は団体戦、午後には個人戦が控えている。
次はいよいよ郁らFチームの出番だった。巻き藁はやった。イメージトレーニングも大丈夫。体配もたくさん練習した。大丈夫、大丈夫なはずなのに。郁は焦っていた。
(やばい、落ち着かなきゃ…)
カケをつけるのに手が震える。心臓がドッドッと鳴って、胸を突き破りそうだ。上手く紐を巻けない。いつものように出来ない。自分で思っている以上に、緊張しているのだ。
「貸してみ」
「葉山先輩…」
葉山がやってきてそばに座った。
「緊張してる?」
「は、はい…すみません…」
「それでいいの。あんたはずっと早気と戦ってきて、今日その成果が試されるんだ。こんなときに平常心でいられるような部員だったら、とっくに逃げ出してそもそもこの場に立ててないよ」
「は、はやま先輩…!」
「泣くんじゃないの」
厳しいことも言うが、葉山はいつだって郁の頑張りを認めてくれる。ずびっと鼻をすすり、郁は何度も頷く。
「一之瀬の努力はすごいんだよ。それはみんな知ってる。自信を持てとは言わないけど、毎日毎日頑張ってきた自分を、逃げずにここまで来た自分を、ちょっとは応援してやんな」
「はいっ!」
伊吹もそばで笑っている。試合前とは思えない、穏やかな表情だ。郁は素直にすごいと思う。爆弾を抱えた後輩のいるチームを率いる前とは思えない。それはきっと。
(信じてくれてるんだ…)
郁のことを。こんな自分のことを。おまえなら出来るだろう?って。
作品名:春はまだ先 探偵奇談14 作家名:ひなた眞白