春はまだ先 探偵奇談14
柔らかそうな髪も。繋いだとき壊れそうだった細い指先も。ゆったりとした穏やかな口調も。全部大好きだった。もしかしたら今だって、好きなのかもしれない。忘れていたはずの気持ちが痛みを伴って蘇ってくる。
「先輩?」
心がバキバキと音をたてているようだ。傷が全然癒えていないことを悟る。どんなに取り繕っても、ごまかしても、こうして再会して心が痛むということは、伊吹の中ではまだ過去に出来ていないということなのだ。
「…こんなことくらいで動揺して、情けないだろ。でも、これが俺なんだ」
主将として、先輩として、揺るぎない存在でいたいのに。
「どんな先輩でも、俺らの主将ですから」
瑞がきっぱりとした口調で言う。慰めるでも、そんなことないですよと庇うわけでもなく。その言葉から、どんなあなたでも頼りにしてますと、そんな気持ちが伝わってくる。信頼してもらっているのだ。応えられなければ、男じゃないだろう!伊吹は奮い立った。
かっこ悪いところもみっともないところも、自分の一面であると受け入れる。受け入れてしまえば、あとはもうやることはひとつだ。みっともないなりに、最高のパフォーマンスをするために、努力するだけ。
「みんな待ってますよ。行きましょう」
「よし」
試合が始まる。
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作品名:春はまだ先 探偵奇談14 作家名:ひなた眞白