春はまだ先 探偵奇談14
貸してもらったDVDのジャケットを眺める。瑞の好きなイタリア映画監督の作品で、これも随分古い物だった。
「おい伊吹、宮川先輩が来てるぞ」
呼ばれて顔を上げると、今度は宮川が手招きしているのが見えた。弓道部の元主将で、引退後も部員に影響を与えている人物である。
「どうしたんですか?珍しいですね」
引退してからも弓道場に顔を出している宮川だが、教室にまで尋ねてくるのは稀だった。
「顧問に練習試合のこと聞いてな。ちょっといいか」
誘われて食堂へ向かった。宮川が缶コーヒーを買ってくれる。空いている端の席に腰掛けると、雑談もせず早速部活の話に入る宮川。無駄を嫌い、稽古中は私語にも厳しかった彼らしい。
「昨日稽古をこっそり覗いてたんだけど、みんな頑張ってるみたいで感心したよ」
宮川はセンター試験も控えているはずだ。部を気にかけてくれていることが、申し訳ないようなありがたいような。そんな複雑な気持ちの伊吹だ。
「聞けば元カノがいるトコとやるっていうじゃないか」
「ゲホッ!」
動揺して咳き込んだ途端、気管にコーヒーが流れた。伊吹は慌ててハンカチで口元を抑えた。なんで知ってるのこの人!
「え、ハア、まあ…でも別に…」
取り繕おうとして伊吹は言葉を止める。
(…このひとに嘘は通じないか)
絶対的な主将だった宮川。二年間という付き合いの中で、伊吹の心の動きも性格も、すべて知られているはずだ。
「心を強く持つって言うのは、すごく難しいことだと思うよ」
周囲の喧騒に目を配ったまま、宮川は言う。唐突に始まったその話だが、伊吹は自分の心情と併せて何を言わんとしているのかを察して耳を傾ける。
「例えば、試合の日に大切な誰かが死んでしまって、それで冷静に射が出来るかっていったら、そうじゃないだろ?」
作品名:春はまだ先 探偵奇談14 作家名:ひなた眞白