春はまだ先 探偵奇談14
王子様に見初められるのは、絶対にお姫様なのだ。友だちでいいのだと強がっていても、心のどこかで諦めきれない。だから郁は背伸びするのだ。
「あのさ」
「なに?」
瑞がようやく視線をそらして前を向いた。
「そんなんしなくても、一之瀬かわいいから。もう化粧とかしなくてよろしい。わかった?」
え?
信号が青になって、周囲の人たちがまたザワザワと歩き出す。だけど、郁にはその喧騒も聞こえない。瑞の背中しか、もう目に入らなかった。
「は…はい、」
「ん」
瑞が歩き出した。よたよたと、その背中を慌てて追う郁の顔は、落ちてくる雪を溶かしてしまいそうなくらいに、火照っている。
(何今の…)
かわいいから?
(ど、どういう意図なのかわからない…!)
ぐるぐると回りだす思考が渦のようになり、郁は眩暈を覚える。瑞が何を考えているのかわからない。でも、その本心がなんであれ、かわいいなんて、言われたら。
(喜んでいいの?それとも…)
混乱する郁とは反対に、前を行く瑞は鼻歌なんて歌ってご機嫌なのだった。
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作品名:春はまだ先 探偵奇談14 作家名:ひなた眞白