春はまだ先 探偵奇談14
違うよ!と反射的に答えていた。あんなタイプであってたまるもんか。全力で抗議する。
「もっとちゃんとしてるひとだもん!」
「じゃあどんなんよ」
むすっとしたまま重ねて尋ねられる。
「ど、どんなって…」
目の前にいるあなたです。口が裂けても言えないけれど。
(それにしても、自分のことかもって少しも思わないんだな…やっぱりあたしは、恋愛対象外なんだ…)
郁は気落ちする自分に、落ち込む権利なんてないのだと言い聞かせる。
「…変だけど、優しいひと」
「え、変なのが好きなの?」
驚く瑞の顔を見上げて、まっすぐに言葉をぶつける。
「大好きです…」
ずるい告白。いたたまれず、郁は目を伏せた。信号が幾度青になっても、二人は立ち止まったままだ。しばらく黙っていた瑞だったが、やがて口を開いた。
「一之瀬は、そいつの為に化粧するの?」
「え?」
やはり瑞は不満そうだ。でも、こんなむすっとした表情は珍しくて、なんだかかわいらしく思えてしまう。
「だって…好きなひとには、かわいいって思ってもらいたいもん」
女の子は、みんなそうだと思う。好きなひとに振り向いてほしいから、綺麗になりたい。かわいくなりたい。好きになって欲しいから。特別になりたいから。
作品名:春はまだ先 探偵奇談14 作家名:ひなた眞白