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偶然の裏返し

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「少し止めましょうか?」
 おじさんは、そういって返事も聞かずに車を止めた。それはもったいないと思っていた純也にとって、願ってもないことでもあった。
「ここから眺める海が、この辺りでは一番綺麗なんですよ」
「そうですね。僕が知っている海の光景の中でも、イチニを争うほどの綺麗な景色だと思いますよ」
 というと、おじさんは昔話を始めた。
「ここにはですね。昔からいろいろな言い伝えがあるんですよ。いくつかの海にまつわるおとぎ話があるじゃないですか。それに類似した話がいくつも残っていて、まるで、おとぎ話の宝庫のようなところだっていうことで、大学から学者の先生が調査に来られたこともあったくらいなんですよ」
「それはすごいですね」
「でも、他の人たちは、いくつかの言い伝えはおとぎ話を模倣した盗作だって言う人もいたりして、綺麗なだけでは済まされないところもありました。世間というのは、どうして他人事だと思うと、こうも無責任なんでしょうね」
 と言ってため息をついていた。
 それを見て、無表情の純也を見たおじさんは、
「これは失敬。せっかくのお客さんに愚痴などをこぼしてしまって。誠に申し訳ないことです」
 と、恐縮していた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。これだけ綺麗なところなんですから、他人事だと思っている人は無責任なことも言いますよ。それに関しては僕も苛立ちを覚えますよね」
 と、おじさんの肩を持つような言い方をした。
「ありがとうございます。やっぱり残していかなければいけないものっていうのはどこにでもあるもので、私はここの景色や自然を残すのが、自分たちの使命のようなものだって思います。少し格好のつけすぎですかね?」
 と言って苦笑いをした。
「そんなことはありませんよ」
「そうですか?」
「ええ」
 車を止めたところというのは、一番海に近いところだった。尖ったような場所の先端にある鋭利な場所に一本の松の木が植わっていた。
「あの木にも伝説があるんですよ」
「どんなですか?」
「いわゆる『羽衣伝説』ですね」
「というと、天女の羽衣ですか?」
「ええ、満月の夜になると、海に月の光が反射して、松の木をを照らすらしいんです。その時に、羽衣が光って見えるというのがその伝説なんですが、その羽衣を見た人は何人もいるらしいんですが、見たという根拠としては残っていないんです」
「どうしてなんですか?」
「それは羽衣を見た人がそのことを他の人に話すと、皆次の日には死んでしまったらしいからなんですよ。最初に見た人は一度話すと翌日には死んでいますので、その話を知っているのは聞いたその人だけなんですよ。だから、その人以外が次に羽衣を見ると、普通は黙っていられなくなって、また他の人に話すでしょう? そんなことが繰り返されて、どんどん人が死んでいった時期があったらしいんです。もちろん、おとぎ話なので、昔の話なんですけどね。そして、この話を聞いた人同士がいずれ話をするようになる。その時初めて、羽衣を見たと話をした人が次々に死んでいくというウワサが立ったんです。でも、その時から羽衣を見る人はいなくなり、おとぎ話になっていったんですよ」
「なるほどですね。でも、それって本当に最後誰も見なくなったんでしょうかね?」
「というと?」
「話すと死ぬということが分かってきたんだから、誰も話さなくなるじゃないですか。だから誰も知らないまま、ずっと口に戸を立てたまま、おとぎ話として語り継がれるだけだったのかも知れませんよ」
「それも一つの考え方ですね。いや、むしろその方が正論ですね。でも、おとぎ話になる話というのは、どこか教訓が含まれている。そういう意味では、最後に誰も何も言わないということが、一種の教訓だったとすれば、あなたの説はこの話がおとぎ話だということを裏付ける理屈になっていると言えますよね」
「ええ、私も今それを考えていました。何にしても、おとぎ話というのは、誰もが信じることのできるものであり、疑ってみてみるのも自由なんですよ。だから、長く言い伝えとして残っているのかも知れませんね」
「ここだけではなく、似たような話が全国にいくつもあるというのも、そういう理屈を考えてみると、納得がいく気がします。ただ、そこに人間以外の別の生命が関係しているのではないかと考えるのは、SFチックだったり、オカルトだったりするんでしょうね」
 二人はおとぎ話に対しての持論を戦わせていたが、西の空に傾きかけていた日差しが、本格的に西日としての威力を発揮していた。
「そろそろ参りましょうか?」
 おじさんとの話に夢中になって時間が経つのも忘れていた。
 あっという間だったという意識を持ちながら我に返ってみると、さっきまで感じなかった風の冷たさを感じた。
 さっきまで冷たさを感じなかったのは、話に夢中になっていたからなのか、それとも風が吹いていなかったからなのか、時間が過ぎてしまうと、まったく分からなくなっていたのだった。
 車に乗り込むと、おじさんは寡黙になっていた。無言のまま運転している人を気にしながら後部座席から車窓を眺めていると、次第に山深く入っていくようだった。
 おじさんの背中から漂ってくるものは、哀愁ではなかった。饒舌とまでは言わないが、さっきまではいろいろと教えてくれていた人が急に寡黙になると、哀愁を感じさせるものだと思っていたがそんなことはなかった。何かを考えているというわけではなさそうなので、ただ黙々とした雰囲気なだけである。
――ひょっとして、何かを隠しているんじゃないかな?
 と思わせるほどだった。
「そろそろ見えてきますよ」
 やっと口を開いたかと思うと、目の前に寂れかけてはいたが、昔からの情緒を感じさせる木造の佇まいが見えてきた。以前来た時にも感じたことだが、建物からは、暖かさが感じられなかった。
 それなのに、どうしてまた来てみようと思ったのだろう?
 取材で来た時は、あまり気にならなかったが、プライベートで来てみると、暖かさを感じない佇まいは、来たことを後悔させるほどだった。車が到着し玄関に入ると、見覚えのある女将さんが深々と頭を下げていた。
「いらっしゃいませ」
 この時に初めて純也は暖かさを感じた。
「お世話になります」
 挨拶だけで会話はなかった。女将の様子を見る限り、以前取材でここに来た人間であるということを分かっていないようだった。さらっとした挨拶をしただけですぐに奥に入り込み、後は仲居さんに任せていた。
「お部屋はこちらになります」
 案内してくれた部屋は、前に泊まった部屋よりも少し狭かったが、以前は二人で一部屋だったので、一人で占領できるのは嬉しかった。窓から見える景色は、絶景というわけではない。木が生い茂った森が見えているようだった。
 仲居さんと食事の時間を打ち合わせ、純也は早速温泉に入ることにした。
 ここの温泉は三種類あり、露天風呂が二つに、室内の風呂が一つだった。滞在は三日間にしていたので、ゆっくり温泉を堪能できる。ただ、今から思えば三日間は長すぎるのではないかと思った。それは、最初に感じた暖かさを感じなかった雰囲気を拭い去ることができなかったからだ。
作品名:偶然の裏返し 作家名:森本晃次