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偶然の裏返し

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 そんな彼女の裏表を感じることができる人は一部の人間なのではないかと思えた。それは純也自身、自分を含めたもので、少なくとも彼氏には分からないのではないかと感じられた。
――ひょっとして、この女性。友達のことだって言いながら、本当は自分のことを話しているのかも知れないな――
 と感じると、今度は別の考えが頭をもたげた。
――ということは、彼女が話している浮気をしている友達の彼氏というのは、目の前にいるこの男のことを刺しているんじゃないだろうか?
 と思えてきた。
 最初は上の空だった彼氏が途中から話しに入り込んできた。もしその状況をそのまま受け止めれば、彼氏には自分のことを言われているという意識は、微塵もないのではないかと思えた。
 順番が逆で、最初は話に入っていたのに、途中から話をはぐらかそうとしたり、話に上の空になってきたのであれば、自分のことを言われていると感じている証拠であるし、状況としては限りなくクロに近いものではないかと思えた。
 彼女がおらず、今まで女性と付き合ったこともない純也だったが、自分が彼の立場だったら、どうなんだろう? と思っていたところで感じたのが定期的に襲ってくる躁鬱症だった。
 躁鬱症を思い出してみれば、二人の関係性が少しずつ分かってきたような気がしたが、自分が当事者だったらという思いが浮かんできたのは、
――ひょっとすると、近い将来、自分にも彼女ができるんじゃないか?
 と思わせるものだった。
 本来なら修羅場でもおかしくない状況なので、お互いに我慢をしていると思うと、一触即発を意味していることで、そばにいる自分が一番緊張しているように思えるのも、何となくしゃくだった。
 純也は二人の話を耳にしながら、自分に同じことが起こったらどうなのかを考えてみた。
 純也はずっと孤独を貫こうと思っていたが、最近になってから気になっている女の子がいた。別に純也のほうからアプローチをしたわけでもない。
「彼女や友達なんて鬱陶しいだけだ」
 と思っていた純也だったはずなのに、秋から冬に入りかける頃、通勤電車の中で知り合った女性と連絡を取るようになっていた。
 連絡は彼女の方からが最初で、それに返事をしているだけだったが、そのうちに連絡を取り合うことが楽しくなってきた。知り合ったきっかけというのは、朝の通勤電車の中で隣で立っていた女性が立ちくらみを起こしたことで、さすがに放っておくわけにもいかず、自分が降りる駅でもなかったが、誰も彼女のことを気にする人もいないので、仕方なく自分が彼女に付き添って、次の駅で降りたのだ。
「大丈夫ですか?」
 顔色は相変わらずよくなかったが、最初に座り込んだ時のような息苦しさは解消されているようだった。
「ええ、何とか大丈夫です」
 たぶん、最初に見た時ほどの苦しさが残っていれば返事などできるはずもなかったに違いない。
 彼女は、女性としても背が低い方だろう。身長としては百五十センチにも満たないくらいではないかと思えるほどなので、吊り革には手が届かなかった。そのため、扉近くの手すりにもたれるようにして立っていた。
 ずっと下を向いていたので、顔色が悪くなっていることを誰も気にする人はいなかったのだろう。いや、すし詰め状態というほどではないが、それでも朝の通勤電車ということで、満員電車の中、一人の女性の容態など、誰が気にするというものか。髪も長い女性なので、余計に顔色を窺うことはできなかった。すぐそばにいた純也も、隣に立っている女性を意識することはなかった。
 純也はどちらかというと背が高い方だ。満員電車の中でも人の波に埋もれることはないので、それほど満員電車を苦痛だとは思っていなかったが、彼女ほど背が低いと、毎日が苦痛だったに違いない。
 電車の揺れとともに人の波が押し寄せてくる。押し返す力のない人にとって、苦痛以外の何者でもない時間は、さぞや長く感じられたことだろう。
 ほとんど誰も何も話す人はおらず、ほとんどの人がスマホをいじっているか、新聞や本を読んでいるかであるが、さすがに新聞を広げている人はおらず、迷惑にはなるかならないかのギリギリの線だった。
 電車の車輪の軋む音と、電車内の濃密な空気は、味わったことのある人でないと分からないだろう。息苦しさを感じるのも人それぞれ、特に一人で何もすることもなくただ立ちすくんでいるだけの人は、たった十分くらいの時間でも、一時間以上くらいに感じられたのではないだろうか。
 その時の純也は、電車の車輪が軋む音が籠もって聞こえていた。普段とそれほど人の多さに違いがあったわけではないのに、キーンという音がともなっていたのが気になっていた。
――耳鳴りがしたのだろうか?
 たまに電車の中でボーっと立っていると、耳鳴りを感じることがあったが、その日もそんな感じだった。
 ただ、耳鳴りを感じる時というのは、欝状態に入りかける時で自分でも欝状態に入りかけることが分かるのだが、その日は、別に欝状態が近づいているという予感があったわけではない。それだけに、
――何となくおかしな気分だ――
 と感じていた。

                  温泉宿

 今年の秋はほとんどなかった。十月頃までは残暑が厳しく、十一月の後半近くになって、まるで冬の寒さを感じるようなそんな気候だった、会社でもウワサの中で、
「今年は秋がなかったので、季節感を感じることができない」
 という言葉がよく聞かれた。
 純也の会社は、雑誌社だった。その中でも旅行雑誌関係の部署なので、季節感に関しては気にしていなければいけない部署でもあった。ただ、今の時期を感じるのではなく、先を見据えての感情で、十一月の今であれば、すでに春先の話題に敏感でなければいけなかったのだ。
 今年の秋の特集は、すでに夏に完成していた。
 特に今年の秋は、世間の不況にあいまって、あまり贅沢を話題にすることはできない。そのため、近場の行楽地を中心にプランを立てていた。
 近くには秋になれば観光客がどっと押し寄せる行楽地があった。旅行雑誌社としては、例年であれば、他県の話題を取り上げて、紅葉だけではなく温泉の特集も組んでいたのだが、近くの行楽地には残念ながら温泉はなかった。
 そのため、温泉の代わりに、秋の味覚を取り上げての特集になったのだが、意外と社内では好評で、取材した純也も、上司から褒められたほどだった。
 写真も好評で、数年前に綺麗に色づいた時の景色を表紙に使ったのだが、雑誌の売れ行きは、まずまずだった。季節がこのまま秋を感じさせてくれればよかったのだが、そうも言ってはおられない。本当は数週間、秋の特集を組んでいたが、あっという間に冬が来てしまったことで、売上は、
「まずまずだ」
 という程度に収まっていた。
 とはいえ、実際に季節は動いている。今の時期では、そろそろ冬から春にかけての特集を考えなければいけないと思っていたところであったが、今年の十一月が、いきなり夏から秋を駆け抜けてしまったので、春への感覚がかなり鈍っていたのは事実だった。
 純也は、十一月の後半に、休暇を取っていた。
「少し、温泉にでも行こうと思ってね」
作品名:偶然の裏返し 作家名:森本晃次