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偶然の裏返し

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 彼女は、クラスの中でもモテる男子と付き合っているというウワサのある女の子だった。最初は、女性への意識などなったくなかった純也だったので、まったく他人事にしか思っていなかったが、ある日の放課後、純也は忘れものをして教室に戻った時、そこに問題の二人がいたのだ。
――何をしているんだろう?
 と思って見ていると、女の子は何かを抗っているかのようだった。
「やめてよ、こんなところで」
 という女の子に対して、
「いいじゃないか。お前だってまんざらでもないくせに」
 と、まるでドラマに出てくる大人の男性のような口のきき方で、純也にはあまり好感の持てるものではなかった。
「ん、もう」
 と、彼女は抗ってはいたが、少し様子が違って感じられた。
「やっぱりな。お前は本当に従順だな」
 という言葉を男は吐いたが、
――従順? 何を言っているんだ――
 と純也は感じた。
 しかし、彼女の顔はほんのりと赤らんでいる。それが照れ臭さからくるということは、それまで分かるはずのない態度だったはずなのに、その時の純也にはハッキリと分かったのだ。
 二人は、抱き合い、唇が重なった。彼女は吐息を吐き、その様子は純也のオトコとしての部分を発揮させた。
――なんだ、このきつさは――
 下半身と胸の重みに、ムズムズしたものと、嘔吐のようなものを感じ、何とも言えない気分の悪さを感じた。それが、快感と嫉妬であることをその時の純也に分かるはずもなかった。
――大変なものを見てしまった――
 その時から、その男を同じ男として認めたくないという思いから、どんどんエスカレートして、人間として認めたくないほどになっていった。
 彼女に対しては、あれほど淫乱とも思える姿を見せつけられたのに、彼女に対して初めて女性を想う気持ちが芽生えたことに気が付いた。
――あんな淫乱女、好きになんかなるわけはない――
 という思いとは裏腹にであった。
 純也にはその時の思いが強く残っていた。
――僕は絶対に女性を不幸にさせることはない――
 あの時のオトコを、
――やつは人間ではない――
 とまで思ったのだ。そこまで思ったのだから、自分が女性に対して高圧的な態度を取るなどありえないと感じたのだ。
 しかし、純也は大学生になってから、少しの間、彼女をほしいとは思わない時期があった。
 高校を卒業するまでは、女性と付き合うこともなかった。当然のごとく童貞である。
 そんな純也を見かねて、
――いや、そんな純也に便乗してなのかも知れないが――
 先輩が、
「よし、じゃあ、童貞喪失させてやる」
 と言って、風俗に連れていってくれたのだ。
 最初は、
「そんないいですよ」
 と言って、丁重(?)にお断りしたつもりだったが、そんな態度が先輩には、
――いやよいやよも好きのうち――
 という言葉に結びついたのだろう。態度がどんどん嬉々としてきて、
「そうかそうか。心配するな」
 と、相手が恥ずかしがっているだけにしか見えなかったのだろう。
 純也は先輩の態度に押し切られた。最後は完全に根負けしていた。
――いや、本当は興味があったのかも知れない――
 覚悟だと自分には言い聞かせて、心の中では言い聞かせた言葉とは反面、ドキドキしながら、先輩について行った。その時、中学時代の教室で見せつけられたあの時のキスシーンが思い出された。
――どうして、あんな不思議な感覚になったんだろう?
 相反する二つの感情が交錯していたことを忘れていた。確かにあの時は相反する感情が交錯していたことは分かっていたはずである。
 ソープランドという存在がこの世にあるのは分かっていた。そして、ちゃんとした市民権のある営業であることも知っていた。しかし、自分がまさかソープランドのお世話になろうなどと思ってもいなかった。いや、自分の中で、
――最初の相手は、お付き合いをした人――
 と思い込んでいたからかも知れない。
 大学に入ってからの純也は、
――なるべく何も知らない無垢な少年の気持ちを忘れないようにしていこう――
 と思っていた。
 しかし、実際にはそんな男性が好かれるわけもないことを、大学一年生の秋頃までには自分も分かってきていた。
――思うようにはいかないな――
 と感じ、自分の方向性をどうするか、立ち止まって考えてみることにした。
――やっぱり、純真無垢な少年なんて、自分が見ても気持ち悪いだけだ――
 と感じるようになった。
 しかし、急な方向転換などできるはずもなかった。それまで女性に声を掛けることもできないほどの無垢だった自分が、急に女性に声を掛けたとしても、うまくいくはずがない。ただ、声を掛けることに対して抵抗がなかったのは、実際に自分が無垢だと思っていたのは本当に自分の思い込みであり、それを感じると恥ずかしくなった。
 そのため、いつまでも彼女ができるはずもなく、気が付けば冬になっても、まだまだ童貞から抜けられることはなかった。
 その間にはクリスマスだったりバレンタインなどというモテる男性とモテない男性の差が浮き彫りになってしまう時期を通り越さなければいけない。今であれば、気にしなければ済むことだが、大学一年生の純也には、耐えられる時期ではなかった。
 そんな時、先輩が連れていってくれた風俗では、
――こんなに優しくしてくれるんだ――
 と思うほど、まるで天にも昇る心地よさとはそのことだった。
 彼女に正直に自分が童貞であることを示すと、最初は、
「えぇ〜、童貞なんだ」
 と言って、興味本位で見られるかも知れないと思った。
 少し嫌だったが、正直に言わずに、後で看破されることを思うと、最初から白状しておく方がいいと思ったのだ。
 しかし、彼女はそんなそんな純也の思いとは裏腹に、別に童貞であることに対して何ら言わなかった。ただ、優しく接してくれるだけだったのだ。
――人の弱いところを無理に話題にしないというのが、本当の優しさなのかも知れないな――
 と、純也は改めて感じた。改めてというのは、以前にもどこかで感じたことがあると思ったからで、それがいつどこでだったのか思い出そうとは敢えてしなかった。
 純也は自分がななの弟になったような気がしてきた。今から思えば、ななを見て、
――どこかで見たような気がする――
 と感じたが、それが誰だったのか、すぐには分からなかった。しかし、それがあの時の風俗のお姉さんだったのを感じると、まるで自分がななに掌で弄ばれそうな気がした。
 もちろん、なながあの時の「お姉さん」ではないことはハッキリしている。面影があるだけで、顔が似ているというわけではない。
 自分が弟になったつもりでななを見ると、
「不倫なんて、お姉さんには似合わない」
 と思うだろう。
 だが、純也本人とすれば、ななの不倫は無理もないことのように思えた。なぜなら、不倫に陥った理由の一つとして想像できるのが、
――不倫相手である部長に、弟のことを相談したのではないか――
 と思うからだ。
 ななは、部長には相談する前から、尊敬の念というか、憧れのようなものを持っていたのかも知れない。しかし、それを弟としては、面白くなかったのではないだろうか?
作品名:偶然の裏返し 作家名:森本晃次