偶然の裏返し
「私が今の部署でうまく行っているのは、部長が私に目を掛けてくれているからなんだということに、途中から気づくようになったの。それで、忘年会の時、思い切ってずっと部長のそばにいると、部長もその気になったようで、私に誘いかけてきたのね。いつもだったら、セクハラを感じて、何とか逃げようとするんだけど、まるで金縛りに遭ったかのように身体の感覚がマヒしてきたの。気がつけば、部長にエスコートされて、ホテルの部屋で二人きりになっていたの」
ななは、恥ずかしがることもなく、赤裸々な話をあっけらかんと話していた。こんな話は恥らいながら話せば話すほど、エロく感じるものではないだろうか。
純也は、
――想像してはいけない――
と思いながらも、想像してしまった。
――相手が話しているのだから、想像してあげない方が失礼だ――
という、おかしな理論を展開し、それを言い訳にして想像力をたくましくしていた。
もうその時にはななの身体を知っていた。白い肌はすぐに汗ばんで薄暗い光の中でも、光沢を帯びている。
そのきめ細かな肌触りが純也の興奮を高めていくもので、次第に我慢できなくなる自分と、身体の奥から溢れてくる高鳴りを抑えることのできないななとの間で、興奮が最高潮に達した時、
――僕たちの相性が絶妙なんだ――
と感じるのだった。
――ななは、部長と最初に身体を重ねた時も、同じことを感じたのだろうか?
「その時、最初に部長さんに抱かれたのか?」
純也の声は震えていた。しかし、それは興奮を煽る震えであり、怒りからではなかった。そのことは、ななにも分かっていたように思う。
純也は不倫などというのは、自分には関係のないことだと思っていた。人のウワサ話でも、不倫のような話は耳にしたくないという思いから、耳を塞ぎたくなる衝動に駆られ、気が付けば目を閉じていたことが多かった。
最初こそ、露骨に嫌だという思いを隠しきれず、無意識ではあったが、感情を表に出していたようだ。そのことを人から指摘されることはなかったが、次第に自分の露骨さが分かってくるようになってきた。
――自分の行動に慣れてきた?
そんな思いを抱いていたが、嫌な話に対して自分が露骨に嫌がるのを他人に気づかれるのが恥ずかしく感じた。それ以降、話が不倫の話に限らずに、自分が聞いていて恥ずかしいと思えるような話に対して、必要以上に反応したり、耳を塞ぎたくなるような感情をいだかないようにしていた。右から入った話を左にやり過ごすくらいの気持ちを持つことが大切だと思うようになった。
しかし、実際にはそんなに簡単なものではなかった。ウワサ話というのを、相手も露骨に普通の声で話してくれれば何とかやり過ごすことができるのだろうが、人に聞かれたくない話なだけに、ひそひそ声になっている。そんな態度が却って露骨で、自分がウワサ話に対して、露骨に嫌な態度を取りたくないと感じたのも、その反動からなのかも知れない。
また、自分が露骨に嫌がっていることがまわりに分かってしまうということに気づいたのも、
――ひょっとすると、相手のそんな露骨な態度に対しての苛立ちからなのかも知れない――
とも感じていた。
確かにそれはあるだろうと思った。
自分が嫌だと思うようなことをされると、
――自分も同じようなことをしていたりなんかしていないよな――
と感じたとしても、無理のないことのように感じる。今まで人のする行動を見て、自分を顧みるなどしたことがなかった。ことわざにある、
「人の振り見て我が振り直せ」
などというのは、自分には関係のないことだと思っていた。
そのことわざは、小学生の頃から嫌というほど聞かされた。
特に中学の頃の担任の先生に、この言葉を教訓のようにしている人がいた。その言葉を言われる時というのは、自分が叱られるようなことをした時がほとんどだったので、先生に苛立ちを覚えるというのは、本当であれば、
「お門違い」
なのであろうが、中学時代の純也にはそんな理屈は分からなかった。
ただ、自分が悪いことをしているのだという自覚はあったので、逆らうことができなかった。逆らうことができないだけに、余計に言われることへの憤りと、どうすることもできない自分へのジレンマが交錯し、次第に怒りとなって沸き起こってきた。
しかし、表には出すことはできない。この思いが、
――露骨を嫌う――
という感情にも結び付いている。
一つの感情が、いかに自分の中で他の感情と結びついてくるか、時々思い知らされることがある。それをほとんどの場合、
――偶然ではないか――
という思いを抱いて、偶然という言葉で片づけようとしている。
偶然という言葉ほど都合のいい言葉はない。
まったく関係のないことが結びついて、それが自分にとって他人事であったり、表に出したくないことであれば、それは偶然という言葉片づければ、勝手にまわりは解釈してくれる。
逆に自分に関係のあることであれば、偶然という言葉を使わずに、自分に都合のいい言葉を選んで、まわりを納得させればいいことだ。
――それくらいのことなら僕にだってできる――
純也は、いつもそう思っていたのだ。
中学時代というと、今と違ってモテるやつがハッキリしていた。女の子も照れ臭そうにしながら、その態度を横目に見ていると、明らかにその男の子が好きなのはバレバレだった。隠そうとしても隠しきれるものではない。これもよくいうのではないか、
「頭隠して尻隠さず」
ということわざがそのままである。
特に中学時代は純也も思春期だった。ただ、彼の場合は他の男子と違って、少し遅めだった。一年くらい他の男子に比べて遅かったかもしれない。
「一年くらい、大した差ではない」
と、大人になってから思ったこともあったが、中学時代を思い起こすと、そんなことはなかった。
成長期の月日というのは、今に比べてものすごく長いものだったということに気づかされるのも、一つの期間を想像しながら思い出す時に感じることだった。
――思い出すというのは、想像しながら思い出すものだ――
と、感じるのも、中学時代の成長期を思い出そうとするからだ、
最近では、自分の感じている中学医大の感覚というのは、他の連中に比べても、もっと長いような気がしている。
それはどういうことなのかというと、
「自分の場合は、思春期が成長期に比べて後ろにずれているからだ」
と感じるからだ。
それはもちろん、思春期が他の連中に比べて遅かったというのが分かってるからだ。しかもそれが一年という中学生にとっては、今から考えてもかなり遅かったと感じる期間だったからだ。
――一年というと、他の連中でもかなり長く感じられるかも知れないな――
と感じる時期だった。
思春期の始まりというのも、きっと他の連中に比べて特異だったのかも知れない。それは、思春期が遅れたことに理由がある。
――もし、他の連中の思春期を、羨ましく見るという眼がなければ、自分の思春期というのは来なかったかも知れない――
と感じるほどだった。
純也は、一人気になる女の子がいた。