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偶然の裏返し

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 純也は、ギャンブルというと、パチンコくらいしかしないが、パチンコをする時というのは開店時間から始めることにしている。それは学生時代から同じであるが、今も同様に続いている。
 朝、目が覚めてから気合を入れて望むのだが、どんなに大当たりがない時でも、その日、パチンコをしなかったと思うことはできない。いくら最悪の台であっても、時間さえ掛ければ、当たりはなくとも、熱い演出くらいは出るものだ。
 その時の興奮は、たとえ当たらなくても頭の中に残っているもので、当たらなければ、
「悔しい」
 という思いが残るものである。
 つまり、その日、やらなかったと思えるほどの感覚になるには、最初から当たる気がせず、絵に描いたように静かな状態が続いていて、気がつけば、パチンコ屋を出ていたと思うような自然な辞め方をした時だ。
 少々、当たっている時は、
「いつ辞めればいいのか?」
 と、やめ時に迷うもので、辞めることができず、結局、勝っていても粘ったせいで、最終的には負けていたということも往々にしてあったりした。
 先輩が会社からいなくなって、少しすると、最初からいなかったような感覚になっている自分を感じ、ビックリしていた。
 先輩がいなかったという意識があるのに、その人が最初からいなかったと思うというのは、矛盾している。しかし、最初からいなかったという感覚は間違いなく自分の中にある。矛盾しているのは分かっているのに、歯車が噛み合っていないような気がしない。それは、パチンコをしていて、
――最初からしていなかったように思う――
 という感覚に見舞われた時のことを思い出したからだろう。
 ただ、その思いはどこかデジャブを思い起こさせる。
「以前にどこかで見たような、感じたような思い」
 それがデジャブであり、漠然としているものだとすれば、感じている矛盾がこのデジャブと結びついているとも考えられる。
 この間の馴染みのお店で聞いた男女の会話。友達の彼氏が浮気をしているというようなどこにでもあるような会話がどうして印象に残ってしまったのかを考えると、その時も、
「以前どこかで似たようなことがあったような……」
 と感じたのを思い出したからだった。
 純也は社会部から旅行雑誌部へと転属させられたが、左遷だと思っている人も多いだろう。
 しかし、左遷させられるようなことを大っぴらにしたわけではない純也だったので、人のウワサもさまざまだった。
「あいつ、分からないと思っていた何かをやってしまったが、簡単に見つかってしまったのかも知れない」
 というウワサ、
「誰かと組んで、何かをしでかしたが、組んだやつに裏切られたか何かして、自分だけが左遷された」
 あるいは、問題は純也だけに限ったものではなく、
「この会社、危ないんじゃないか?」
 というウワサもあった。
 理由もなく、社員を左遷させるようなことが、一人だけに限らず、それを前例としてこれからも起これば、左遷はそのままリストラ候補になり、左遷された人間の方自ら、辞めていく道を選択させるという、会社側からすれば都合のいいやり方であるが、働いている人間にとっては、実に姑息で、卑劣なやり方を会社にされていると思うことだろう。
 だが、左遷と思しき人事は、純也だけだった。それだけに一時期純也への誹謗中傷が起こったが、すぐに止んだ。誹謗中傷している人たちは、まわりが信じられなくなっていき、さらには自分すら信じられない様子が窺えると、疑心暗鬼から、身動きが取れないような恐ろしさに苛まれてしまっていた。
 人を誹謗すると、自分に返ってくるというのを知ったのだろう。余計なことを言わなくなると、仕事場の雰囲気は最悪になっていた。そんな社会部をよそ目に純也は、居心地のいい旅行雑誌部への転属は、千載一遇のタイミングだったのかも知れない。
 旅行雑誌部はやる気を起こさせてくれた。社会部ではいつまで経っても自分は下っ端で、絶対的な年功序列が最優先の部署では、新人が入ってこない限り、自分が日の当たる場所に出ることはできなかった。
 旅行雑誌部へ転属になって半年ほどが経ったある日、急に訃報は飛び込んできた。
「ほら、社会部にいて、一年前にいきなり退職していったあの人、彼が死んだって話なのよ」
 と、事務員の女の子が給湯室談義をしていた。
 純也はたまたま通りかかったその時に、聞くつもりはなかったが、耳に入ってきたのだ。
本当は飛び出して行きたい気持ちではあったが、なぜか一旦躊躇した。一度躊躇してしまうと、飛び出していくタイミングを失ってしまった。影に隠れて黙って聞いているしかないその状態に、金縛りに遭ったかのような状態から、震えだけが残ってしまっていた。
「どうして、そんなことを知っているの?」
 と、相手が聞くと、
「私、その時受付の前を偶然通ったんだけど、その時、トレンチコートを着た男性二人が、社会部の人を呼び出していたの。受付の女の子は恐縮して社会部の部長を呼び出していたわ。部長と来客の二人は神妙な顔つきでロビーで話をしていたようなんだけど、急に部長が、『死んだ?』って叫んだのよ。それで私は受付の女の子にあの二人のことを聞くと刑事さんだっていうじゃない? 少し近づいてみると、どうやら死んだというのは一年前に退職した人だって部長が言ってたの。そして刑事から聞こえてきたその言葉の中で、『自殺』というのがあったの。だから、どうやらその人が自殺したらしいので、裏付け捜査でここにも来たんじゃないかって思うのよ」
「どれくらいの時間いたの?」
「少しの時間だったから、裏づけを取るだけだったみたいね。でも、自殺と思われることにわざわざ一年前に勤めていた会社にまで来るかしらね?」
「あるかも知れないわよ。たとえば、遺書のようなものがあって、その遺書に、この会社のことが書かれていれば、捜査するのは当たり前ですからね。そしてもう一つ考えられることとして、本当に自殺だったのかということを疑っている場合ね。その場合は警察もいろいろな可能性を考えるでしょうから、前に勤務していた会社だけではなくて、学生時代まで遡って捜査しているのかも知れないわ」
 というなかなか鋭い着眼点に思えた。
 どうやら、彼女はミステリーファンらしく、それなりに考えて話をしているようだ。
「さすが、いろいろ考えているわね」
 と言われ、さらに彼女の発想はとどまるところを知らないほど、饒舌になっていくようだった。
「それでね。私は一つ気になることがあったんだけど、確か、あの人この会社を辞める前に、最近話題になっている宗教団体の総本山に入信取材を行ったって言っていたのを思い出したのよ」
 その話を聞いて、純也は訝しさを感じた。
――おや? 先輩の話では、この取材はオフレコで、社内でも知っている人は一部だけだって言っていたはずなんだけどな――
 新入社員の自分を先輩の弟として使ったのも、まだまだジャーナリストになりきれていない人間を使うのが一番楽だと考えたからだろう。下手に詮索することを覚えた人間であれば、先入観から、身元がバレてしまう恐れもあるからだった。そういう意味ではまだまだウブだった純也には、うってつけだったに違いない。
作品名:偶然の裏返し 作家名:森本晃次