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偶然の裏返し

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 そんなことを考えていると、なぜかいつの間にか時間だけが過ぎていく。前を見ながら歩いている時、気がつけば足元しか見ていない時がある。そんな時は何か考え事をしているわけではなく、何かを考えているような気がしていながら、何も考えていない時だったのだ。
「大丈夫ですか?」
 すぐそばで男性の声が聞こえた。
「ええ、大丈夫です」
 という女性の声が聞こえたので、振り返ってみたが、気分を悪くしたような女性も、それを気遣う男性の姿も見ることができなかった。
――どういうことだ?
 この間、自分が助けた女の子に声が似ているような気がしたが、その姿を認めることはできなかった。
――幻聴だったんだろうか?
 声が聞こえたと思って振り向いた時、そこには見知った姿は見られなかった。心の奥では、
――そんなはずはない――
 と思っていた。
 声の主は、女性はその時の女性であり、もう一人の男性の声には聞き覚えがなかった。それなのに、純也はその男性を、
――あれは僕だったんだ――
 としてしか思えない。
 それは頭の中が減算法でできていたからで、まず百パーセントの割合で、男性の声を自分だと感じた。そんなことはありえるはずはないので、何とかゼロに近づけようとして、いろいろな言い訳を考える。最初に考えたのは、当然のことながら、
――同じ時間に、同じ次元で、同じ人間が存在できるはずはない――
 という考えだった。
 この考えのおかげで、かなりゼロに近づいた。
 その次に考えたのが、
――女性の声は確かに彼女の声だったが、男性の声は聞き覚えのない声ではないか――
 ということだった。
 しかし、これは時間が経つにつれて、信憑性は薄れてくるものだった。
 あれは、中学生の頃だっただろうか。学校で学校内の弁論大会というものがあり、本当は出たくなかった純也だったが、まわりから押し付けられるように立候補させられ、あれよあれよという間に、自分がクラス代表で出る羽目になってしまった。
 自分でテーマを考え、原稿を書き、人のいないところで密かに練習をしていた。練習をするうちに、それなりに形になってきたのが分かると、自分の中で自信めいたものが生まれてきた。
――僕ってひょっとすると才能があるんじゃないか?
 すっかりうぬぼれてしまった純也だったが、純也が楽しいと思ったのは、才能を感じたからではなく、何もかもを一人で考えて一人で作って、密かに練習することだった。
 モノつくりの素晴らしさを、その時に教えられた気がした。次第に有頂天になっていき、いよいよ本番の日が近づいてくる。
 胸を躍らせながら望んだ本番では、自分としては、緊張することもなくできた気がしていた。観客席の反応は何もなかった。ざわざわした感じのなかったことが、緊張を呼ばずにすんだのだと思っていた。
 自分の出番が終わってから聞こえた観客の拍手は、すべて自分に向けられたものであり、自分がステージの中心にいるという自覚が初めて生まれた。
 ステージの上では真っ暗な観客席はまったく見えない。自分にはスポットライトが当たっているのだから、眩しくて客の顔など見えるはずもなかった。そのことをステージに上って初めて知ったのだ。
――ステージの上の人から観客席が見えるはずもないのに、アイドルなどは、よくコンサートでファンの心を掴むことができるな――
 と思った。
 何も見えない状態で、想像だけで自分の公演を行う。弁論大会など、一人の持ち時間は数分なのでそんなにたいしたことはないのだろうが、アイドルやアーチストなどは、よく長時間耐えられると思った。
 それもほとんど毎日である。これも慣れなのであろうか?
 自分の出番が終わり、後は緊張もほぐれたところで、他の人の演目を気にすることもなく時間をやり過ごし、いよいよ発表を待った。
 自分としては、上出来だった。優勝はできないまでも、三位までには入るだろうと思っていた。出場人数は二十人とちょっと、それくらい期待してもバチは当たらないと思っていた。
 しかし、蓋を開けてみれば、散々なものだった。結果は、後ろから二番目、ビリにならなくてよかったという程度の結果だった。
――そんなバカな――
 その時の憔悴は結構大きなものだった。
 生まれて初めて自分に自信も持つことができたはずの弁論大会。結果としては、出なければいいくらいのもので、悔しさというよりも、情けなさが強かった。
――何がそんなに情けないんだろう?
 すぐには理解できなかったが、有頂天になっていた自分が恥ずかしいという思いがその時は一番強かったように思う。
 その次に感じたのは、
――一体何が悪かったんだろう?
 という結果に対して、どんな評価がなされたのか、気になってしまった。
 自分の思い込みであることは分かっている。思い込みは仕方のないことだが、今回はしょうがないとしても、同じ過ちを二度と繰り返したくはない。その思いから、何が、どうしてまずかったのか、その理由を知りたいと思うのは、当然のことであろう。
 ちょうど、放送部に同じ小学校から来たやつがいた。彼は誰にでも優しいところがあり、人から頼まれると嫌とはいえないという性格だった。
――彼に聞いてみよう――
 と思い、昼休みにさりげなく聞いてみた。
「この間の弁論大会の録音はしてあるのかい?」
「ああ、してあるよ。編集もこの間すんだところだ」
 と言われたので、ちょうどいいと思い、
「よかったら、僕のところを聞かせてくれないか?」
 と切り出した。
 友達は訝しそうな表情になるかと思ったが、別に表情を変えることもなく、
「ああ、いいよ」
 と二つ返事でOKしてくれた。
 早速、その日の放課後、授業が終わってすぐに放送室に案内してくれた。スタジオの奥には、機械がたくさん置いてある部屋があり、そこでいろいろ編集を施したりしているというのだ。
「じゃあ、今から再生してみるよ」
 と言って、ちょうど、純也のところを最初から再生してくれた。
 それを聞いた純也は、金縛りに遭ったかのように固まってしまった。
「えっ、これが僕?」
 自分では声にならない声を発したつもりだったが、本当に声が出ていたようだ。それを聞いた友達は、
「ああ、そうだよ。どこかおかしいかい?」
 と聞かれて、またビックリだった。
「い、いや、そんなことはないんだけど、でも、これが自分の声だなんて、俄かには信じられない。自分の声はもう少し低い声で、いわゆるハスキーな声ではないかと思っていたんだ」
 というと、
「いや、そんなことはないよ。これが君の生の声さ」
「そうなんだ」
 録音を聞いていると、喋り方にどこかの訛りが入っているように感じた。喋っている時に訛っているなんて感じたことがなかったので、
「こんなに訛りのある喋り方を、僕は普段からしているのかな?」
「そんなことはないよ」
 という答えが返ってくるのを当然のように期待していたが、実際には期待に沿う答えではなく、
「ああ、そうだよ」
 と言われてしまった。
 そこにも驚愕が走った。
――こんなにも、声のトーンが違って、さらには、感じたことのないどこのものとも分からない訛りで喋っているなど、想像もしていなかった――
作品名:偶然の裏返し 作家名:森本晃次