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偶然の裏返し

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 手足の指先は痺れていた。痺れのせいか、指先の感覚がマヒしてしまい、自分の指ではないかのように感じられた。くっついてはいるが、本当に自分の指なのか、確認しようと頭を動かそうとしたが、首も回らなかった。
――これは真剣、動けないぞ――
 と、純也は落ちてきそうな錯覚を覚えている天井を見つめながら、身動きできない自分に苛立ちを覚えていた。
 金縛りに遭うことは、今までに何度もあった。
 金縛りに遭う時には、前兆があり、足のふくらはぎに違和感を感じた時、
――金縛りだ――
 と悟るのだった。
 足が攣ることも何度もあった。
 仕事で疲れている時、欝状態に陥ることを感じた時など、理由はハッキリとしていた。しかし、金縛りの場合は理由がハッキリしている時と、ハッキリしていない時の両方があり、今回はハッキリとしているわけではなかった。
 確かに温泉に浸かって、浸かりすぎたことで、身体の疲労が表に出てきたからだといえなくもないが、根拠としては微妙なところだ。
 理由がハッキリしている金縛りとしては、やはり欝状態への入り口を感じた時だろうか?
 金縛りから欝状態を見るのではなく、欝状態の自分が金縛りに遭っている自分を見つめているのを感じる。他人事というよりも、完全に他人としての目であった。
 そういえば、欝状態に陥る時にその前兆を感じるのは、
――自分を他人のように見てしまうからだ――
 と思ったことがあった。
 自分を他人としての目で表から見ていると、内側からでは見えなかったものが見えてくる。そういう意味では欝状態とは、自分にとって悲惨なことばかりではないと言えなくもない。
 人のウワサが気になってしまうのは、自分を自分として中から感じているからで、
――近い将来、自分にもありえることだ――
 と感じるからだろう。
 しかし、この間のカップルがしていたウワサ話は、純也にとって完全に他人事だったはずなのに、なぜか近い将来に自分に関わってくるような気がすると感じた。
 もちろん、根拠があるわけではない。今までになかったパターンなので、根拠などありえるはずがないのだ。
――ただの予感というだけなのか?
 とも思ったが、さっきの温泉に浸かった時に、二つの違う思い出を思い出したことで、この二つが、どこかで繋がっているように思えてならなかった。
 立ちくらみを起こした女性を助けたことが、ウワサ話とあいまって、どのように自分に影響を与えるというのか、迫ってくるように感じる天井を見つめながら、考えていた。
 以前、金縛りに遭った時も、
――目の前の天井が落ちてくるのではないか?
 と感じたのを思い出していた。
 あの時は、天井が落ちてくるという思いから目を瞑ったことで、反射的に身体が動き、金縛りが解けたのだった。
――今回も同じなのだろうか?
 気になっている天井は、今のところ一向に落ちて来る気配はない。まだもう少しこの状態が続くようである。
 純也は金縛りを感じながら、睡魔が襲ってくるのを感じた。普段金縛りに遭った時、睡魔が襲ってくるようなことはないのだが、よほど疲れているのか、それとも温泉でのぼせてしまっていたのか、このまま眠ってしまうのが分かっていた。
――今日は夢を見るかも知れないな――
 そう思いながら、睡魔に身を任せていると、本当に夢を見たようだ。
 夢の内容を覚えている時というのは、怖い夢を見た時がほとんどだ。楽しい夢を見た時というのは、なぜか覚えていない。
――世の中なかなかうまくいかないものだな――
 と思わせるような典型例で、
――覚えていた方が絶対楽しいのに――
 と思うことばかりを覚えていないものだ。
 目が覚めるまでにはかなりの時間が掛かる。まだまだ眠っていたいという意識が働くからなのか、それとも現実の世界に引き戻されるのを嫌っているからなのか、目覚めはあまりよくない方だった。
 しかし、怖い夢を見た時というのは、
――早く目が覚めてほしい――
 と思う時であり、本当はまだ目が覚めていないにも関わらず、目が覚めてしまったような気分になるから、そのまま夢を忘れずに覚えているのではないかと思っている。
 理屈ではそういって自分を納得させることができるが、実際にどうなのか、なかなかうまく説明がつかない。他の人に説明しても、
「お前は変わり者だな」
 と言われるのがオチなので、人には言わないようにしていた。
 ただ、人と話をしていて、夢の話になった時、
「怖い夢だけは、なぜか覚えているんだよね」
 というに違いなかった。
 その日の夢は怖い夢だったのか、楽しい夢だったのか分からなかった。目が覚めてからところどころは思い出せるのだが、肝心な部分が思い出せないため、ストーリーが一本にまとまらないのだ。
――ひょっとすると、一度の夢の中で、いくつかのストーリーが展開されたのかも知れない――
 今までそんなことを感じたことなどなかったのに、なぜ急にそんなことを感じたのかというと、目が覚めてすぐに目の前に飛び込んできたのは、天井の模様だった。木目調の天井を見ていると、
――前にも見たことがあったような――
 と感じた。
 それは、睡魔に陥る時に見たのを、
――前に見た――
 と感じているわけではない。明らかに、今日ではないが、少し前に見た記憶だったような気がしたのだ。
 それがどこだったのか、分からなかった。自分の部屋の天井は様式なので、木目調であるはずはない。友達の家にもほとんど行くことはないし、天井を眺めたという記憶すらないので、どこかの記憶と交錯しているのではないかと思えてならなかった。
 しばらくすると、意識もしっかりしてきていた。そのおかげで、思い出せそうだった夢を思い出すことはできなくなり、気にはなったが、それ以上気にする必要はなかった。
 夢の中で覚えていることとしては、誰かを見たはずなのだが、その人の存在を恐ろしいと思ったのだ。
 夢に出てきた人は二人で、一人は自分だったのではないだろうか?
 相手は男性だった。自分の記憶の中では今までに見たこともない人で、その人を見ていると、何かを口にすることがないように思えてならなかった。
 無口な性格というよりも、口を開いた姿を想像できないような相手だったからだ。口を真一文字に結び、決して開こうとしない。
 つまりは、表情に変化がまったく見られない、ポーカーフェイスの男性で、まるで能面のような冷たさを感じるのだった。
 鬼のような形相も怖いのだが、それ以上に、氷のように冷たい表情しか創造がつかない人間の方がどれほど恐ろしいか、純也は夢の中でその表情から視線を逸らすことができなかったのを思い出した。
――視線を逸らすことのできないのは、夢に出ている自分なんだるおか? それとも、夢を見ていたことを今感じている自分だったのか、それすら分からないでいた――
――どれくらい眠っていたのだろう?
 自分の感覚としては、二時間くらいは眠っていたような気がした。しかしテーブルの上にある時計を見ると、温泉から帰ってきてから、まだ一時間も経っていなかった。睡魔に陥ってからすぐに眠ってしまったとしても、実際に眠っていたのは、五十分くらいのものだったのではないだろうか。
作品名:偶然の裏返し 作家名:森本晃次