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短編集12(過去作品)

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ウイークエンド・シャッフル



             ウイークエンド・シャッフル


 私の名前は山下良治、会社勤めを初めて早十五年が経った。私が会社に入った頃というと、まだ完全週休二日制というのが確立されておらず、隔週土曜日が休みという程度だった。
 まだ第一線で仕事をしていたこともあって、休みになった土曜日も何か趣味でもしようという気にもならず、ひたすら休息に勤しむ程度であった。出かけるとしても遠くに行くこともあまりなく、ほとんどが家にいた。
 彼女でもいればいろいろ出かけるところもあったのだろうが、幸か不幸か、彼女には恵まれなかった。いや、恵まれなかったという言い方には語弊がある。自分から探そうとしなかったのだ。それほどもてる面構えだと自分で感じているわけでもない。自分から行かなければ相手にされないだろうという思いもあった。
 どちらかというと自分のことばかり考えていてまわりのことを見ていない私は、まわりの状況変化には鈍感な方だった。ひょっとして私のことを気にしていてくれる女性がいたとしても気付かなかっただろう。後から考えると口惜しい。
 しかし、入社して四年目くらいからであろうか、会社も世間の流れに順応して「完全週休二日制」の導入に踏み切った。さすがに最初は仕事量が減るわけではないので、慣れるまでは土曜日でも出勤しなければならない時期が続いたが、それも半年くらいのもので、それ以降は休日出勤はなくなった、事務職である私は営業の人と違って時間を調整したりすることもなく、仕事が一段落すれば後は自分の時間だった。幸いなことに、それほど忙しくもなかったのである。
 あれは「完全週休二日制」になってからちょうど半年してからだったろう。金曜日の仕事帰り、今まで気になっていた喫茶店で夕食を食べて帰った。気持ちに余裕があるときでなければあまり表で食事などしようと思わない質である私は、やっと落ち着いた気持ちになれたと自分で感じていたに違いない。
 初めて入ったその店は、夜になるとライトアップされた白壁がやけに目立つ。以前から入ってみたいとずっと思っていたのが、まるで昨日のように思い出される。
 店の名前は喫茶「スワン」、いかにも綺麗な白壁が白鳥の羽根を広げた姿に見えてくる。
――どんな人が店の店員でいるのだろう。かわいい女の子でもいそうな雰囲気だな――
 と思っていたら、
「いらっしゃいませ」
 まさしく、私が想像していたようなかわいい女の子が私を迎えてくれた。
 真っ赤なエプロンと、ショートカットの髪がよく似合うその娘は、小柄で少しポッチャリ系で、私のタイプでもあった。トーンの高い声も蚊膜をくすぐるようで、心地よい。ちょうどその日の店内には客は少なく、ゆっくりと座ることができる。
 カウンターへと向うまで、店内を見渡したが、思ったより広いのでびっくりした。いつも夜のライトアップだけが気になっていて、ライトアップされた表から見ることは意外と狭く感じさせるのかも知れない。
 店の壁には、いくつもの絵が飾られていた。大学時代、少し油絵をしていたこともあって、絵を飾っているとついつい見てしまうのだ。
 絵を見るだけではない。その絵がまわりの構成にどういう影響を与えているかということにも興味があり、掛けてある場所や、室内のインテリアまで気になってしまう。環境一つで、絵が生まれ変わるというのは、学生時代に美術館に通い詰めた時の名残りなのかも知れない。
――絵というのは、落ち着くものだ――
 これが油絵を始めた時に最初に感じたことだ。
 もちろん、今でも同じ事を感じている。しかし卒業と同時にやめてしまったことを店に掛けてある絵を見た時に感じたのは間違いないことで、それまでにもいろいろな絵を見てきた時には感じなかったことだった。よほど店内に飾ってある絵が、その場の雰囲気に馴染んでいたのだろう。店内に流れるクラシックの音色も幾分か影響していたのかも知れない。私の好きなバッハのピアノ曲である。いかにも西洋文化一色といった雰囲気に呑まれていたに違いない。
――継続は力なり――
 これが油絵のモットーだったはず。しかし時間というのは残酷なもの、社会人になったという大きな環境の変化があっという間に自分の時間を奪い、気がつけば半年、一年と過ごしていた。まるで一ヶ月が一年に感じられる時期だったが、過ぎてみればあっという間だったのだ。
「素敵な絵ですね。マスターの趣味ですか?」
 コーヒーを持ってきてくれた女の子に訊ねた。
「ええ、そうですの。マスターは自分でも絵を描きますし、この中には常連さんの絵も多いんですよ。実は私も今大学で絵を勉強してますのよ」
 それを聞いた私の目が一瞬輝いたであろうことは、自分でも自覚できた。
「どんな絵をお描きになるんですか?」
「油絵ですね。風景画が多いですね」
「そうですか、私も油絵を学生時代によく描いてました」
 そんな会話をしたのがきっかけで、この店の常連になった。そして土曜日の使い方も、もう一度カンバスに向ってみたいと思うことできっと充実してくるだろうと思うようになった。
 さっそく文具店に行き、絵画に必要なものを取り揃え、絵を描き始めることにするのだった。
 その次に喫茶「スワン」に入ったのは金曜日だった。土曜日にはそれこそ一日絵画に勤しみたいと思っているからこそ、金曜日の夜くらいはゆっくりとしていたいと思っている。
金曜日の仕事が終わって喫茶「スワン」でゆっくりし、土曜日は一日趣味三昧、日曜日は美術館に出かけたりすることでウイークエンドを満喫できるのだ。
 あれはいつのことだっただろうか。私が金曜日の常連として喫茶「スワン」で、認知され掛かっていた頃だったと思う。
「こんにちは」
 最近やたら来るようになっていた美術館でふいに後ろから掛けてきたその声は、最初自分に向けられたものだとは気付かなかった。
 美術館というと、だだっ広いその設計からか、ちょっとした小声やざわめきでも目立つものだ。しかし、私はそれすら心地よく感じることがある。
「お前は変わっているな」
 友達から言われたこともある。例えば、映画館なども同じように音響効果を高めているが、お菓子などを食べる時の袋の音が気になるのは普通なのかも知れない。しかし私の場合はどちらかというと心地よく感じるほどである。
――何となく睡魔を誘うような音だ――
 と感じてしまう。
 美術館や映画館で睡魔に誘われる人は多いだろう。しかしそれは退屈で襲われる人が多いと思っている私は、自分のように音響効果で襲われる睡魔を感じている人は珍しいと思っている。少し「変わり者」なのかも知れないとまで思っている。確かに油絵や映画に興味を持つまでは退屈で襲ってくる睡魔だったかも知れない。しかし興味が湧けば湧くほど襲ってくる睡魔への説明は、最初自分には無理だった。
 最近でこそその睡魔を受け入れるようになり、ゆっくりと時間を使って美術館を見て廻ることにしている。何しろそれだけの時間に余裕があるからである。
 ちょうどその声が響いた時は、その日、何度目かの睡魔に襲われかけていた時だった。
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次