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短編集12(過去作品)

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 ということが分かってくると、それが夢であると薄々ながらに感じられるようになっていた。
――美佐子に似ているな――
 一瞬だけそう感じた。すると、美佐子に見えてくる。美佐子以外には見えなくなり、その女は私の視線に気がついたかのようにこちらを振り返る。
 やはりその顔はまさしく美佐子だった。次第に遠ざかっていったように感じていたが、こちらを振り向いた女性の顔をハッキリ確認できたということは、最初に感じた大きさに戻っているようだ。だからこそ夢なのだろう。きっとすべてが潜在意識の元に、見せられていると感じていた。
 しかし夢の中で考えていることというのは、それほど素直なものなのだろうか? 考えていることがそのまま夢となって現われるのは、あまりにも都合が良すぎる。目が覚めてから夢を思い出している時に、夢を見ながら考えていたと思い込み勝手に作り上げたものかも知れない。
 特に熱にうなされている時に見た夢である。意外と熱にうなされている時などに見た夢というのは覚えているもので、よほど心の中に残っているわだかまりのようなものを、風邪の菌と戦ってる身体とは別に、気持ちが夢の中で押し出そうと考えるとはいえないだろうか?
 どんなに長い夢であっても起きる寸前の一瞬に見るものが夢だと言う話を聞くが、それすら覚えていないことが多いというのは、よほど起きる瞬間の夢の世界と現実とを隔てる壁が厚いのだろう。
 そう考えると、またしても砂丘の映像が瞼に浮かんだ。
――これも見てはいけなかったものを忘れさせようという作用ではないだろうか――
 と考えてしまうのである。
「大丈夫?」
 気がつくと、視界全体に美佐子の顔が浮かび上がっていた。その表情は影になっていてすぐには分からなかった。しかし、意識がしっかりしてくるにしたがって、美佐子が心配して覗きこんでくれているのが分かった。先ほど見たであろう夢の中での美佐子の顔にそっくりであり、まるでこの顔を見ることが分かっていたかのような夢だった。
「はぁはぁ」
 どうやらまだ息遣いが荒いようだ。背中にはじっとりと汗を掻いていて、少し気持ち悪い。それでも、気持ち悪さはだいぶ抜けていて、熱が下がっているのは分かっていた。先ほどのような発熱時特有の身体のだるさ、節々の痛さが引いていたからだ。
 美佐子が私の頭に手を当てた。
「熱は下がったようね」
「ああ、大丈夫だと思うよ」
 美佐子の顔が安心しているように見える。
 子供が熱を出して看病する母親、そんな雰囲気を感じ、夢で見た日傘を差した女性を思い出していた。普通夢から覚めるとその状況や顔などほとんど覚えていないものだが、その時の女性の雰囲気はしばらく忘れられそうになかった。目が覚めているのに、まだ夢の中を彷徨っているのではないかと思えるほどで、自分ひとりで起きることがまだ無理なようだった。
「よいしょ」
 思わず声が出ていた。背中を美佐子が押してくれる。
「とりあえず下着は着替えないといけないわね」
 そう言って手に持っている下着を着替えさせてくれる。こういう時の介抱は慣れているようだ。
「なぜかしら、私はあなたが体調崩しそうなのが分かっていたような気がするの。でもずっと元気だったので、大丈夫だと思っていたんですけどね」
「顔色がおかしかったかい?」
「いえ、そうじゃないんですけど、無理をなさっているように思えたんですの。旅行に出ているので普段とは違って見えるものだと思って、あまり気にしないようにしていたんですよ」
 そういえば、私も普段の美佐子と違って見えた。旅行へ出かけたことが一番の原因だと思っていたが、同じことを美佐子も思っていたようだ。
――さっきの夢の美佐子――
 そうだ、さっきの夢で見た日傘を差した美佐子のイメージをこの旅行で見ていたような気がする。イメージの凝縮が、夢となって私に見せたのだろうか。
 体温計で測ってみたが、熱は下がっていた。きっと汗を掻いたのがよかったのだろう。掻いた汗が沁みついた下着をすぐに着替えると、さっぱりしたような気分になるのは、肌がさらさらしているからかも知れない。幼少の頃、あまり身体が強くなく熱ばかり出していたのを思い出していた。熱が引いていく時は確かに分かるものである。
 時計を見れば午後三時半を回ったところだった。朝の観光を終えて帰ってきたのが昼頃だったから、三時間ほど寝ていただけで熱が下がったことになる。
「本当に下がっただろう?」
「ええ、あなたの言うとおりだわ」
「ずっと、ここで見ていてくれたのかい?」
「ええ、最初はきつそうな顔だったんですけど、途中から落ち着いた顔になってきたので安心していました。顔に赤みを帯びてきたので、汗を掻いているのは分かりました。もう少しして目が覚めなければ下着だけは着替えさせようと思っていましたのよ」
「それはありがとう。今はとても気持ちいいよ」
 腰を起こそうとした私を美佐子は支えてくれる。ここで起きることができれば夕日を見に行くことはできるだろう。問題は天気だった。
「天気の方はどうだい?」
「さっきは日が当たっていましたわ。これから天気は回復に向かうらしいです」
 そう言ってニコニコ笑っていた。
 夕日が綺麗に見えるという観光スポットは、嫁が島という。宍道湖に掛かる四つの橋のうち一番大きな橋から見ることができるらしく、きっと観光客がいっぱいあふれていることだろう。
「冬のこの時期というのも、空気が乾燥しているから綺麗なんだと聞いたことがあるよ」
「それであなたはこの時期を選んだの?」
「まあ、そうだね」
 言葉を濁したが、実はこの時期に雨が少ないということを見越してきたつもりだった。しかしどうやら計算違いだったようで、今朝の雨には、
――ああ、やっぱりここでは雨に祟られるんだ――
 と悔やんだものだ。
 もちろん、美佐子にそんなことを言えるはずもない。
 宿でタクシーを呼んでもらって嫁が島まで行くことにした。タクシーを使えば数分でいくことができる。五時前につけばちょうどいい時間であろう。
 さすがに観光客が多かった。普通なら降りて待つのだろうが、まだ病み上がりの私に気遣って美佐子が運転手に話をしてくれていたようだ。少しだけ車の中で待たせてもらえるようである。
 それでも時間になり、
「お客さん、ちょうどいい時間ですよ」
 と運転手さんに即されて表に出ると、
「まあ、綺麗」
 美佐子は本当に感動していた。私の横で目を輝かせて見ている美佐子のこの顔を、見たかったのだ。これが目的の旅行なのだと、感動していた。顔が本当に輝いて見える。夕日がまるで霧氷を描き出しているようで、空気が固まっているように見えているが、この時期を選んだのが正解だったことを表していた。
 私が嫁が島へ目を向けてしばらくしてからである。美佐子が私に向かって言った。
「あなたの顔が光ってるわ」
「僕もさっき、君にそれを感じたよ。太陽が大きく見えるね」
 午前中降っていた雨が、綺麗な霧となって光を幻想的に映し出している。
「おい、虹が出ているぞ」
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次