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短編集12(過去作品)

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 美佐子は震えていた。まるで初めて身体を重ねた時のような緊張感があるのかとも感じたが、いつもはとろけるような肌なのに、砂のようなザラザラ感があったのは、気のせいだろうか?
「う~ん」
 低めの声で身体をよじるが、私の知っている美佐子とはどこかが違っていたのだが、薄暗い部屋に真っ白いシルエットとして浮かんだ身体は、紛れもなく美佐子である。
――あの時、後ろなんて振り向かなければよかった――
 そう感じると、私の身体から汗が噴出していて、どうやら眠っていたようだ。
――昨晩は美佐子を本当に抱いたのだろうか――
 朝起きてそう感じたのは、錯覚とは思えないほど、身体が美佐子の感触を覚えていなかった。いつも美佐子を抱いた朝は、その感触を保ったまま目が覚めていた。その日、覚えていないことを、汗を掻いていたということで片付けられるものかどうか疑問だった。
 だがそんな気持ちも最初の一夜だけ、それからの毎日は、一日一日が新鮮で、このままずっと旅行が続けられればいいと感じるほど堪能していた。
――やはり、山陰を選んだのは間違いではなかった――
 瀬戸内地方というのも考えたのだが、あまりにも観光化されたところが多く、一人で行くにはいいかも知れないが、二人で行くには少し物足りなさを感じる気がした。最初の鳥取砂丘のようなイメージは、きっと瀬戸内では感じることができないだろう。
 美佐子は日本海の荒々しい海を見るのは初めてだと言っていた。境港からフェリーで隠岐島に渡る時に船から海面を見ながら言ったものだ。
「こんなに力強いなんて知らなかったわ。ずっと見つめていれば吸い込まれそうになるわね」
 そう言いながら、ジッと船頭が掻き分ける波を見つめている。今にも飛び込んでしまいそうなほど身を乗り出しているように見えるが、気のせいか腰を引いても見える。腰を引くのは本能であろう。これほどの荒い波を見たのが初めてだと言ったのを、身体で証明しているかのようだ。
 それに比べて松江の宍道湖は大人しいところだ。何しろ湖なので、波もなければ荒々しさなど感じる余地もない。それでも、
「私はやっぱり松江の宍道湖が見たいわ」
 と一番楽しみにしているのだ。雨模様の松江の街を見た時、思わず空を見上げながら言った、
「そうね、有名な夕日は見れるかしら?」
 という言葉、本当に恨めしそうな表情だった。
 私は過去に松江に出張で来たことを美佐子に話したことがあった。あいにく雨が降っていて、しかも熱を出して最悪だったと笑って見せたが、美佐子はそのことを覚えているだろうか?
 それに松江に着いた翌日、雨が降っているのを見た美佐子の表情に少しかげりが見えていることを私は敏感に感じ取った。
 昨夜ホテルに入って、二人は愛し合った。ちょうど旅も半分を過ぎた四日目だったのだが、同じ土地で二泊をするのはこの土地だけである。最初の日は松江を見学し、翌日には出雲に足を伸ばし、出雲大社と日御崎灯台を回り、そのまま夜までに広島に入るという、ある意味強行スケジュールであった。それだけに夕日を楽しみにしている美佐子には、ぜひとも見せてあげたかった。
 昨夜のホテルでの美佐子はいつもの美佐子だった。
 鳥取の夜とは明らかに違い、朝起きても美佐子の感覚はしっかりと身体に残っていた。美佐子を抱いた朝というのは、必ず気だるさが残っている。それは心地よい気だるさで、もちろん不快なものであるはずはない。朝起きて雨が降っているのを見ると、余計に身体に重たさを感じたが、美佐子もきっと同じなのかも知れない。
「やっぱり晴れじゃないと辛いわね」
 呟くように言った美佐子だが、それは私に言ったのではないだろう。耳を澄まさなければ聞こえないほどの小さな声は、無意識に自分に言い聞かせたものではないだろうか。
「私、今まで旅行らしいことって、高校の時の修学旅行くらいかしら」
 計画をしている時、そう言ってはりきっていた美佐子である。まるで子供のようにはしゃぐ美佐子を見たのは、ひょっとして初めてだったかも知れない。そんな美佐子だったが、旅行に出てくれば最初の移動までまるで子供のようにはしゃいでいたが、鳥取に着いてからというもの、すっかり大人しくなってしまって、いつもの美佐子に戻っていた。
――どちらがいいのかな――
 自問自答を繰り返してみるが、どちらも私の美佐子なのだ。はしゃいでいる美佐子であっても、大人しいいつもの美佐子であっても。私の態度は変わらない。優しく見つめていてあげるという気持ちに変わりない以上、美佐子を見る目が違うわけがない。
 松江の夜はいつもより長く感じた。旅行に出かけてすでに四日が経っている。今までにこれほど長い間美佐子と一緒にいたことなど、もちろんなかったことだ。それだけに最初こそ新鮮だったが、次第に時間が経つのを早く感じ、
――おや、こんなはずではなかったのに――
 と半信半疑に陥ったりもした。
 しかし私の目的は松江に行くことでもあった。松江での夜が長く感じられたというのは私には嬉しいことで、昨日まで感じていた半信半疑な思いが、徐々に払拭されていくのを感じていた。
 美佐子にとって初めてきた松江とはいえ、当然下調べをしてから来ているので、いくべきところはだいたい分かっているようだ。さすが城下町、城のまわりに見るところは集まっていて、ゆっくりと見れるだろうことは感じていた。
 今までに城下町をゆっくり廻ったことはあまりなかった。城下町といっても、天守閣の残っていない街だったり、残っていても城下町というより、都会になってしまって昔の情緒が薄れていたりする。それでも奥に入り込めばまだまだ残されているところがあり、歴史が好きな私はよく学生時代にいろいろ訪れたりしていた。
 どちらかというと西日本が多かった私は、九州、中国地方への旅行が多かった、今まで仕事以外で、山陰に足を踏み入れてなかったのが不思議なくらいだが、山陽地方での一人旅の魅力に取り憑かれていた。特に岡山から九州地方にかけて、点在している観光地は、城下町だけでなく、文学ゆかりの街だったり、芸術色豊かな街だったりする。尾道、倉敷に代表される地区は確かにいいのだが、あまりにも観光化されているのが難点である。それだけに、飽きが来る人もいるかも知れないのだが、私は芸術に精通していることもあって、この地区には何度も足を踏み入れたが、その都度、まわりを観光する場所を変えている。
 少し奥に入って備中高梁、伊倉洞もなかなか情緒があった。山陽本線で少し足を伸ばし、広島から岩国、さらには下関と見るところも満載である。
 城という意味では広島城も捨てがたかった。松江城が何となく広島城に似ていると感じるのは、イメージのようなものがあるからかも知れない。ただ、私が広島に立ち寄る時は必ず晴れの時で、この間の松江への出張のように雨が降ったのはあまり見たことがない。
 たった一度だけ訪れた松江城に感じた広島城の思い、しかし同じ都会でもかなり赴きが違う。やはり、百万都市との違いは歴然で、高層ビルが立ち並ぶ中で聳え立つ広島城は晴れている空が似合っている。
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次